八月半ば、お盆の時期。
親戚の集まりは今年もない。
コロナ以降、大人数で集まる機会は減った。
翔太は相変わらず毎日来ていた。
亜希子も諦めたようだ。
ある午後、翔太は茜の隣に座り、古いアルバムを見ていた。
「これ、見てもいい?」
「どうぞ」
若い頃の写真。
結婚式の写真。
亜希子が生まれた頃の写真。
セピア色になりかけた思い出たち。
「おばあちゃん、昔から綺麗だったんだね」
翔太は写真を見つめる。
二十代の茜。
確かに若く美しかった。
今とは別人だ。
「そんなことないわ。普通よ」
「普通じゃない。本当に綺麗」
翔太のページをめくる手が止まった。
三十代の茜の写真。
亜希子の七五三。
和服姿の茜が幼い亜希子の手を引いている。
「これ、母さん?」
「そうよ。可愛かったでしょう」
「おばあちゃんの方が綺麗」
おかしな比較だった。
母と祖母を比べて、祖母が綺麗だと言う。
茜は苦笑した。
「親子を比べるものじゃないわ」
「でも、本当のことだから」
翔太はさらにページをめくった。
四十代、五十代と時間が進む。
写真の中の茜が少しずつ年を重ねていく。
「今も綺麗だよ」
翔太の手が茜の手に重なった。
一瞬のこと。
すぐに離れたが、温もりは残る。
動悸が早くなった。
これはいけない。
「翔ちゃん」
「ん?」
「私はあなたのおばあちゃんよ」
意味深長な言葉が口をついて出た。
なぜそんなことを言ったのか分からない。
翔太は首を傾げて微笑んだ。
「知ってる」
その笑顔が茜を不安にさせた。
言葉の裏に別の意味が隠されているような気がする。
アルバムを閉じて、翔太は立ち上がった。
「今日はもう帰る」
「そう」
いつもより早い帰宅。
茜はほっとすると同時に寂しさも感じた。
矛盾した感情に自分で驚く。
玄関で靴を履きながら、翔太が振り返った。
「明日も来ていい?」
「……ええ」
断れなかった。
断る理由もない。
翔太は嬉しそうに笑って帰っていった。
夜、夫が寝た後、茜は一人で考えた。
孫の行動をどう解釈すべきか。
思春期の不安定さか。
母親への反発か。
それとも──
考えたくない可能性が頭をよぎる。
鏡に映る自分の顔を見つめた。
六十二歳。
同年代と比べれば若々しいかもしれない。
肌も髪も手入れを怠らなかった。
しかし、孫にとっては祖母でしかないはずだ。
違う、と首を振った。
考えすぎだ。
翔太はただ居心地のいい場所を求めているだけ。
それ以上の意味などない。
しかし、手に残った温もりがその考えを否定していた。