目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話 お盆

八月半ば、お盆の時期。


親戚の集まりは今年もない。


コロナ以降、大人数で集まる機会は減った。


翔太は相変わらず毎日来ていた。


亜希子も諦めたようだ。


ある午後、翔太は茜の隣に座り、古いアルバムを見ていた。


「これ、見てもいい?」


「どうぞ」


若い頃の写真。


結婚式の写真。


亜希子が生まれた頃の写真。


セピア色になりかけた思い出たち。


「おばあちゃん、昔から綺麗だったんだね」


翔太は写真を見つめる。


二十代の茜。


確かに若く美しかった。


今とは別人だ。


「そんなことないわ。普通よ」


「普通じゃない。本当に綺麗」


翔太のページをめくる手が止まった。


三十代の茜の写真。


亜希子の七五三。


和服姿の茜が幼い亜希子の手を引いている。


「これ、母さん?」


「そうよ。可愛かったでしょう」


「おばあちゃんの方が綺麗」


おかしな比較だった。


母と祖母を比べて、祖母が綺麗だと言う。


茜は苦笑した。


「親子を比べるものじゃないわ」


「でも、本当のことだから」


翔太はさらにページをめくった。


四十代、五十代と時間が進む。


写真の中の茜が少しずつ年を重ねていく。


「今も綺麗だよ」


翔太の手が茜の手に重なった。


一瞬のこと。


すぐに離れたが、温もりは残る。


動悸が早くなった。


これはいけない。


「翔ちゃん」


「ん?」


「私はあなたのおばあちゃんよ」


意味深長な言葉が口をついて出た。


なぜそんなことを言ったのか分からない。


翔太は首を傾げて微笑んだ。


「知ってる」


その笑顔が茜を不安にさせた。


言葉の裏に別の意味が隠されているような気がする。


アルバムを閉じて、翔太は立ち上がった。


「今日はもう帰る」


「そう」


いつもより早い帰宅。


茜はほっとすると同時に寂しさも感じた。


矛盾した感情に自分で驚く。


玄関で靴を履きながら、翔太が振り返った。


「明日も来ていい?」


「……ええ」


断れなかった。


断る理由もない。


翔太は嬉しそうに笑って帰っていった。


夜、夫が寝た後、茜は一人で考えた。


孫の行動をどう解釈すべきか。


思春期の不安定さか。


母親への反発か。


それとも──


考えたくない可能性が頭をよぎる。


鏡に映る自分の顔を見つめた。


六十二歳。


同年代と比べれば若々しいかもしれない。


肌も髪も手入れを怠らなかった。


しかし、孫にとっては祖母でしかないはずだ。


違う、と首を振った。


考えすぎだ。


翔太はただ居心地のいい場所を求めているだけ。


それ以上の意味などない。


しかし、手に残った温もりがその考えを否定していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?