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第8話 甘い毒

十一月の終わり、茜は決意した。


このままではいけない。


翔太のためにも、自分のためにも、関係を断ち切らなければ。


翔太が来た時、茜は切り出した。


「翔ちゃん、話があるの」


「何?」


翔太は不安そうな顔をした。


予感していたのかもしれない。


「もう、ここに来るのは控えて」


「なんで?」


「あなたのためよ」


茜は毅然とした態度を保とうとした。


しかし、声が震えていた。


「俺のため? 違うでしょう。おばあちゃんが俺を避けたいだけでしょう」


翔太の声が荒くなった。


「手紙、読んでくれた?」


「……読んだわ」


「それで、答えは?」


茜は目を伏せた。


「答えなんてないわ。あなたは私の孫。それだけよ」


「それだけじゃない!」


翔太が立ち上がった。


テーブルが揺れて、お茶がこぼれた。


「俺の気持ちは本物だ。なんで分かってくれないの?」


「分かってる。だからこそ、距離を置くべきなの」


「距離なんていらない」


翔太は茜に近づいた。


茜は後ずさりした。


壁に背中がついた。


「翔ちゃん、お願い」


「おばあちゃん」


翔太の手が茜の肩に触れた。


震えている。


茜も震えていた。


その時、玄関の鍵が開く音がした。


夫が帰ってきたのだ。


翔太は素早く手を引いて、元の場所に戻った。


何事もなかったかのように。


「ただいま」


「お帰りなさい」


茜は平静を装って夫を迎えた。


しかし、心臓は激しく鼓動していた。


翔太はすぐに帰っていった。


夫には挨拶だけして。


その夜、茜は眠れなかった。


翔太の手の感触が肩に残っていた。


そして、自分の中にある感情。


拒絶しなければならないのに、できない。


孫の想いを完全に断ち切れない自分がいた。


六十二年生きてきて、初めて味わう感情だった。


背徳感と、甘美な陶酔感。


それは、静かに茜を蝕んでいった。


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