十一月の終わり、茜は決意した。
このままではいけない。
翔太のためにも、自分のためにも、関係を断ち切らなければ。
翔太が来た時、茜は切り出した。
「翔ちゃん、話があるの」
「何?」
翔太は不安そうな顔をした。
予感していたのかもしれない。
「もう、ここに来るのは控えて」
「なんで?」
「あなたのためよ」
茜は毅然とした態度を保とうとした。
しかし、声が震えていた。
「俺のため? 違うでしょう。おばあちゃんが俺を避けたいだけでしょう」
翔太の声が荒くなった。
「手紙、読んでくれた?」
「……読んだわ」
「それで、答えは?」
茜は目を伏せた。
「答えなんてないわ。あなたは私の孫。それだけよ」
「それだけじゃない!」
翔太が立ち上がった。
テーブルが揺れて、お茶がこぼれた。
「俺の気持ちは本物だ。なんで分かってくれないの?」
「分かってる。だからこそ、距離を置くべきなの」
「距離なんていらない」
翔太は茜に近づいた。
茜は後ずさりした。
壁に背中がついた。
「翔ちゃん、お願い」
「おばあちゃん」
翔太の手が茜の肩に触れた。
震えている。
茜も震えていた。
その時、玄関の鍵が開く音がした。
夫が帰ってきたのだ。
翔太は素早く手を引いて、元の場所に戻った。
何事もなかったかのように。
「ただいま」
「お帰りなさい」
茜は平静を装って夫を迎えた。
しかし、心臓は激しく鼓動していた。
翔太はすぐに帰っていった。
夫には挨拶だけして。
その夜、茜は眠れなかった。
翔太の手の感触が肩に残っていた。
そして、自分の中にある感情。
拒絶しなければならないのに、できない。
孫の想いを完全に断ち切れない自分がいた。
六十二年生きてきて、初めて味わう感情だった。
背徳感と、甘美な陶酔感。
それは、静かに茜を蝕んでいった。