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第9話 新年

正月三が日が過ぎた。


日常が戻ってきたが、翔太の訪問は正月休み中も続いていた。


元日も二日も、親戚が帰った後に現れた。


「おばあちゃん、今年もよろしく」


翔太の年賀の挨拶には意味深長な響きがあった。


手渡された年賀状。


表面は普通の挨拶だ。


しかし、裏面を見て茜は息を呑んだ。


小さな文字でびっしりと想いが綴られている。


『今年こそ、おばあちゃんに振り向いてもらえますように』


『毎日会えますように』


『ずっと一緒にいられますように』


まるで恋文のような内容だった。


茜は年賀状を仏壇の引き出しに隠した。


処分すべきだと分かっている。


しかし、できない。


一月半ば、翔太の学校から電話があった。


欠席が続いているという。


茜は青ざめた。


「今日も来てるの?」


夫が新聞を読みながら聞いた。


「いいえ……」


その日、翔太は来ていなかった。


不安になった茜は、翔太の携帯に電話した。


「もしもし、おばあちゃん?」


翔太の声は明るかった。


「翔ちゃん、学校は?」


「……行ってない」


「どこにいるの?」


「駅前」


茜は息を呑んだ。


「すぐに学校に行きなさい」


「おばあちゃんに会いたい」


「ダメよ。学校に行って」


「じゃあ、放課後に行く」


電話は切れた。


茜は受話器を握ったまま、しばらく動けなかった。


事態は深刻になっている。


翔太の執着は日に日に強くなっていた。


夕方、約束通り翔太が現れた。


制服は着ているが、鞄を持っていない。


「学校、行ったの?」


「……」


翔太は答えなかった。


代わりに茜をじっと見つめる。


その視線に茜は恐怖を感じた。


「翔ちゃん、このままじゃ留年よ」


「構わない」


「何を言ってるの」


「おばあちゃんがいれば、他は何もいらない」


狂気じみた言葉だった。


しかし、翔太の表情は真剣そのものだ。


「私のせいで、あなたの人生を狂わせるわけにはいかない」


「狂ってない。初めて本当の自分になれた」


翔太は茜に近づいた。


茜は後ずさりする。


「お願い、正気に戻って」


「これが正気だよ」


翔太の手が茜の手を掴んだ。


強い力で握られる。


「離して」


「嫌だ」


その時、玄関が開く音がした。


翔太は舌打ちして手を離した。

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