二月に入った。
受験シーズンの真っ只中だが、翔太は完全に勉強を放棄していた。
学校からの連絡は亜希子に行っているはずだ。
しかし、亜希子からは何も言ってこない。
ある日、翔太が来た時、顔に青あざがあった。
「どうしたの、それ」
「……転んだ」
嘘だと分かった。
亜希子と何かあったのだろう。
「本当のことを言いなさい」
「母さんと喧嘩した」
翔太はあっさりと認めた。
「学校のことで?」
「それもある。でも……」
翔太は言いよどんだ。
「でも?」
「おばあちゃんのことを言われた」
茜の心臓が跳ねた。
「何て?」
「異常だって。気持ち悪いって」
亜希子は何かに気づいたのか。
母親の直感は鋭い。
「それで手が出たの?」
「向こうが先に叩いてきた」
翔太の目に怒りが宿っていた。
「おばあちゃんのことを悪く言うなんて許せない」
茜は複雑な気持ちになった。
自分のために母親と争う孫。
これは健全な家族関係ではない。
「もう来ちゃダメよ」
「なんで」
「家族がバラバラになる」
「もうとっくにバラバラだよ」
翔太の言葉は冷めていた。
十七歳とは思えない諦観が滲んでいる。
「このままじゃ、進級も危ないって言われた」
翔太はソファに深く沈み込んだ。
「それでいいの?」
「おばあちゃんがいない将来なんて意味ない」
また同じ言葉だ。
茜は頭を抱えた。
この子はどこまで本気なのか。
そして、自分はどこまで責任があるのか。
「私のせいで、あなたの人生を台無しにしないで」
「台無しじゃない。初めて生きてる実感がある」
翔太の目は輝いていた。
狂気的な輝きだ。
茜は恐怖を感じると同時に、どこか惹かれている自分もいた。
ここまで愛されること。
執着されること。
それは老いた身には毒のような甘さだった。