数日後、亜希子が血相を変えてやって来た。
「お母さん、翔太に何かしました?」
単刀直入な質問だった。
「何もしてないわ」
「嘘! あの子、お母さんの名前ばかり呼んでる。寝言でも」
茜の背筋が凍った。
寝言でまで呼ばれているのか。
「それに、お母さんの写真を部屋に飾ってる。異常よ」
「写真?」
「家族写真じゃない。お母さんだけが写ってるやつ」
いつ撮られたのか。
茜は恐怖を感じた。
知らないうちに写真を撮られていたのか。
「亜希子、翔太くんは今、不安定なの。優しく見守って」
「見守る? このままじゃ留年よ!」
亜希子は泣き出した。
「もう遅いかも……退学するって言い出してる」
強気な娘が泣いている。
それを見て、茜も涙が出た。
「ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「私が……私が甘やかしたから」
半分本当で、半分嘘。
真実は言えない。
言えるはずがない。
亜希子は泣きながら続けた。
「最近、あの子おかしいんです。部屋に籠もって、独り言ばかり。食事もろくに取らない」
「独り言?」
「お母さんの名前を呼んで、まるで会話してるみたいに」
異常だった。
完全に常軌を逸している。
「私、どうしたらいいか分からない」
亜希子の肩が震えていた。
茜は娘を抱きしめたかった。
しかし、できなかった。
自分にその資格があるのか。
「専門家に相談した方が……」
「もう行きました。でも、本人が来ないと」
翔太は病院にも行かないのか。
事態は想像以上に深刻だった。
亜希子が帰った後、茜は一人で泣いた。
どうしてこんなことになったのか。
最初はただの避難所だったはずだ。
それがいつの間にか、歪んだ愛情に変わっていた。
そして、自分もそれを完全に拒絶できなかった。