三月になった。
桜の蕾が膨らみ始めている。
翔太の行動はさらにエスカレートしていた。
朝起きると、庭に翔太がいることがあった。
じっと家を見つめている。
「翔ちゃん!」
窓を開けて叫ぶと、翔太は微笑んだ。
「おはよう、おばあちゃん」
「何してるの?」
「会いたくて」
異常だった。
完全に常軌を逸している。
茜は着替えて外に出た。
「家に帰りなさい」
「もう少し」
「翔ちゃん!」
茜が強く言うと、翔太は悲しそうな顔をした。
「おばあちゃんは、俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃない。でも、これは異常よ」
「愛することが異常?」
翔太の目に狂気が宿っていた。
いや、狂気ではない。
純粋すぎる愛情が、狂気に見えるのだ。
「朝ごはん、食べた?」
話題を変えた。
「食べてない」
「じゃあ、少し食べてから帰りなさい」
結局、甘やかしてしまう。
突き放せない自分が嫌になる。
家に入れて、簡単な朝食を用意した。
翔太は美味しそうに食べる。
まるで、これが最後の食事かのように。
「学校は?」
「もう行ってない」
「翔ちゃん……」
「いいんだ。どうせ留年だし」
投げやりな口調。
「母さんに退学させてくれって頼んでる」
「亜希子さんが許すはずない」
「だから毎日喧嘩してる」
茜は胸が痛んだ。
しかし、後悔は感じられない。
「後悔しない?」
「しない。おばあちゃんに会えるなら」
食後、翔太はなかなか帰ろうとしなかった。
「もう帰りなさい」
「まだいい」
「ダメよ」
押し問答が続く。
結局、昼過ぎまでいた。
翔太が帰った後、茜は疲労感に襲われた。
これがいつまで続くのか。
そして、自分の心の中にある感情。
孫に執着されることへの、暗い悦び。
それは日に日に大きくなっていた。