セピア色に変わった学校の屋上で手を伸ばす藤原 朱が固まった状態で時間が止まっている。このままの状態でいつまで持つかわからない。颯真と紫苑は作戦を立てようとああでもこうでもないと喧嘩が始まった。日常茶飯事の光景だが、空から見ていた閻魔大王の額の筋が次々と増えていった。
「いつまで喧嘩するつもりだぁ?」
異次元空間の窓から怖い顔で覗く。颯真の同級生の藤原 朱に見られてはいけない場面を見られてしまったことをどうするべきか悩んでいると、閻魔大王はそんなこと簡単だろうと腕を組んで鼻息を強く出した。
「え、閻魔様? どうしようというのですか?」
紫苑は、バサバサと空中を浮かんで飛び回った。颯真は顎に右人差し指をつけて考えた。ハッと手をたたいてひらめく。
「ここは、もう忘れ草を嗅がせるってことで!」
「……違う」
「え、違う? んじゃ、どうすればいいか」
不機嫌な顔で唸る閻魔大王は、ぐいっと颯真を地獄空間に引き寄せた。紫苑は何をする気なんだろうとビクビクとおびえた。
「ルール違反をしたんだ。ペナルティを科す!」
颯真の耳をぐいっと引き寄せる。まさか、そんなことをされるとは思ってもみなかった。閻魔大王の顔は想像以上に恐ろしい表情だ。紫苑は閻魔大王の行動に目を疑った。バサバサと空中を浮かぶ際に、尋常じゃないくらいの汗が飛び散った。
「颯真がピンチ、颯真がピンチ!」
「やってはいけないと言っていたことをやったんだ。次のミスは許されない!!」
閻魔大王は、颯真の片耳を力いっぱい引きちぎった。ぽたぽたと血が流れ落ちる。人間界と魔界の狭間でつないではいけない行為。自分が何をしているのかばれたら即終了と契約を取り交わしたはずだった。もうミスはできない。
「集中しろ。お前の母親のこともあるんだ。真面目にやれ」
「御意」
颯真の左耳から血を流しながら、左膝を地面につけて謝罪する。玉座の間に集まった鬼たちは恐怖のあまり何も発することはできなかった。
「閻魔様、おいらは大丈夫ですよねぇーー? 何も悪いことしてませんよね」
「……紫苑、お前は当分、おやつ抜きだ」
「え、閻魔様!? それは勘弁してくださいよ。無理無理無理。そんなぁ」
「紫苑、戻るぞ」
「え、颯真ぁ、おいらのおやつはぁ?」
颯真は、左側の長袖ワイシャツをビリッとやぶり、頭にぐるぐると巻いて傷ついた耳の応急処置をした。どうにか止血になるかとほっと安心する。終始、颯真の表情は怪訝な様子を見せていた。おやつのことなど気にもしてない。人間界の誰かに見られることが良くないことだとは考えもしなかった。下唇を噛んで、拳をぎゅっと握りしめる。
「紫苑、あれ、あるだろ。透明になれる粉! あれ、かけてくれ」
「えーー、おいらのおやつは無視かよぉ」
「はいはい。俺が準備してやるよ。次は、絶対に見つからないように透明になって過ごす。よし、それでいこう」
「やったぁ。楽しみにしてるぞ! おいらに任せろ」
解決策が見つかった気がした。颯真は指をパッチンと鳴らして、紫苑の銀粉を体全部に浴びた。この状態なら、藤原 朱の前に出ても問題はないと絶対的な自信を持っていた。屋上の地面に飛び降りた後には、背中の汗が大量に流れ出ていることは閻魔大王も知らないだろう。
そう、屋上の入り口には藤原 朱がタイミングよく、透明になる前の颯真と紫苑をしっかりと見ていた。素知らぬ顔で朱の横を通り過ぎるが、そっと肩を一瞬触れられた。
「え……、今、そこにいたはず……」
透明になった颯真はもう見ることはできない。確かにそこにいるはずだと気配で分かった。だが、通り過ぎたのがわかると追いかけることもできなかった。頬を強い風が打った。
「今、確かにそこにあいつがいたのに……」
がっかりした朱は、ため息をついて、屋上からの階段を駆け下りて行った。通り過ぎたことを確認して、影に身を潜めていた颯真は、背中の汗が気になってボリボリかいた。
「ちくしょ……また見つかったら閻魔様に怒られるつーの。紫苑、十分気をつけろよ!」
「わかってるよ! 颯真に言われたくないわ!」
「……ち!」
舌打ちをして、機嫌悪そうにしゃがみ、爪を噛み始めた。引き裂かれた耳がズキンと痛む。
屋上の風見鶏が勢いよくクルクルと回るのが見えた。