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第14話 はみ出した出来事

 じりじりと日差しがアルファルトに照り返す。夕方だと言うのに、真昼間のように暑くて明るかった。日が長くなり、夜の6時でもまだ街灯がつかないくらいだ。包帯の下から汗がにじみ出る。養護教諭の吉田先生に苦しい言い訳をして、応急処置をしてもらった。ぐるぐる巻きの頭はミイラのようだった。一人左耳の痛さを耐えながら、家路を急いでいると、目の前には会いたくない人が駅舎の前で立っていた。明らかに帰る方向とは違うはずだった。藤原 朱は腕を組んで、こちらを睨む。


「……怪しい……」


 颯真は、素知らぬ顔でスタスタと通りすぎようとすると、足が空中に浮かんだ気がした。首根っこの襟部分をつかまれていた。


「無視するんじゃないわよ」

「いえ、人違いでは? 失礼します」


 まったく別人の対応のように知らない人になって、通り過ぎようとしたが、足が自転車のように漕いでるようで進まない。


「はいはい。そういう冗談いいから」

「……」


 沈黙のまま、体が固まる。ボリボリと額をかいて静かになる。藤原 朱はため息をついた。


「いつも、1人じゃん。力になるって言ってるのよ。私は」


 目を大きく見開いて、びっくりすると、藤原朱の手が離れた瞬間の今がチャンスだと思い、すたこらさっさと逃げ出した。人の話を聞こうともしない。


「ちょ、こら、待て。人の話を聞きなさいって!!」

 プンスカ怒りながら、改札の向こう側で怒っている。帰る方向が違うと分かっていた颯真は、あっかんべーをして立ち去った。やっとこそ、切り抜けたとほっとしていると、階段を上ろうとした瞬間に体の大きな男の背中にドンッとぶつかった。制服を着ているのは確かだ。でも大人並みに体がでかい。


「あ、すいません……」


 巻いていた包帯が少しずれて、目が隠れた。誰が前にいたかわからなかった。さっと謝って立ち去ろうとするが、ぐいっと襟をつかまれた。


「おい、ぶつかっておいて、すぐ行くのかよぉ」


 顔ぎりぎりに近づいて、まさかここでキスでもされるのかとドキドキする颯真だったが、息の匂いがものすごく臭くて耐えられなくなった。オエッと一瞬嗚咽をしてしまう。


「おまえー、な、なにを……」

 殴られると思って、頭を隠して屈んだら、背中をスリスリと撫でられた。


「気持ち悪いのか? 大丈夫か。背中さすったら、よくなるかぁ?」


 予想外の対応に拍子抜けする颯真に男はさらに心配する。ツーブロックの髪型でつんつんと頭をとがらせている。人は見かけによらないんだなと口が臭いと拒否ってしまって申し訳なく思った。


「あ、もう。大丈夫、何とか……ぐふっ!」


 優しくされたら、優しく返答するのが当たり前と思った颯真だったが、次の行動は想像通りだった。さっきまで優しかった男はみぞおちに1発パンチをお見舞いされた。ただ背中にぶつかっただけでこんなに倍返しになるとは想像と違っていた。包帯をしていたこともあり、強い奴と勘違いされたらしい。


「いつでも優しいと思うなよ……」

「ぐはっ!」


 耳から出血してるにも関わらず、さらに吐血。今日は貧血注意報で帰ったらレバーでも食べて鉄分補給しないといけないなと余裕な頭の中にめぐっていた。体を起こした瞬間、ポケットの中に隠し持っていたコウモリの紫苑の透明の粉をまき散らした。不意に感情が湧き出た。姿を見えなくして、すぐに背中からドンッと押して、仕返しをした。階段からごろごろと転がって、大きい体格の男が落ちていく。ケガひとつしないでむっくりと起き上がった。


「俺を怒らせるなっての……チッ」


 ケガもしないことに残念がった。透明になったまま、時間通りに到着した車両に乗り込んだ。さっきまで一緒にいた男には全然気づかれることはなかった。異次元空間がチラリと丸く映し出される。


『颯真~、調子乗るなよぉ?!』


 閻魔大王がこの世のものとは思えないほどの恐ろしい目で睨みつけて来た。颯真は身の毛もよだつ思いをしていた。今度は右耳も取られるんじゃないと恐怖で震えが止まらなくなる。誰からも見られていない透明の状態だったが、今は一人になりたくないとそう思ってしまう自分もいた。


電車はいつものようにたくさんの乗客を乗せて、静かに走り出した。


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