戦が終わって間もなく、例の決まりに従い、私たち遊女は皆、島原の遊郭に売られる手筈になっていた。
あの場所には、年寄りも子どもも、異常者や変態まで何でもいる。まともな人間が住むところじゃない。
だから三日前から、若い子たちはこぞって兵たちを引き止めようと、あの手この手で色目を使っていた。
彼らは戦場から生還したばかりの兵士。凱旋すれば褒美も与えられ、たとえ家に妻子がいようと、囲い者の一人くらいなら持っても咎められはしない。
——むしろ、それが戦功の証だとでも言わんばかりに。
北条信堅が現れたのは、そんなある日のことだった。
あのとき、無頼漢の一人が私を側室として連れ帰ろうとし、それを断った私に逆上して、陣幕の中で無理やり押し倒してきたのだ。
「この売女が……! 罪臣の娘で、今は遊女のくせに、まだ自分が姫様か何かのつもりか? いつもは少将様がいるから我慢してやってたが、今こそ俺が味見してやらぁ……!」
その下卑た声が言い終わる前に、男は誰かに襟首を掴まれて地面に叩きつけられた。
私は慌てて身を起こし、そこに立っていた人影を見上げた。
——北条信堅だった。
彼はまるで小鳥でも持つかのように、その男を片手で引きずりながら外へ出ていった。
最初は罵声が響いていたが、すぐに音は途絶えた。
しばらくして、北条信堅は再び陣幕に戻ってきた。
入り口に立ち、山のように光を遮る。
小麦色の肌は陽に焼け、鍛えられた身体に汗が伝って鎖骨に落ちていく。
息を少しだけ荒げながら、じっと私を見つめている。
けれど、何も言わなかった。
どれだけ時間が経ったのか分からない。
そしてようやく、彼はたった一言だけ口を開いた。
「……俺で、いいじゃん」
唐突で、少し不思議な言い回しだった。けれど、意味は通じた。
ここ数日、私のもとには五、六人ほどの兵がやってきた。
「家に連れて帰る」とか、「正妻にしてやる」とまで言ってくれる者もいた。
——民部卿の箱入り娘だった私は、琴も囲碁も、書も絵も嗜んだ。
京でもその名を知られた美貌の持ち主だったから。
でも、その全てを私は断ってきた。
なのに、今。
私は北条信堅の瞳をじっと見つめた。
だが彼は、視線を逸らしてしまった。
その顔はまるで、借金を踏み倒された商人のように硬くこわばっていたくせに、
——耳の先が真っ赤に染まっていた。
「……考えさせて」
そう答えた。
彼が去ったあと、陣幕の隅から、か細い声が聞こえた。
「……あれが、最後の人かもしれないね。」
声の主は、ここに残るただ一人の老女。
重い病を患い、余命いくばくもない人だった。
彼女は私に向かって、笑いながらこう言った。
「紅葉、あの人が連れて行ってくれるって言ってるなら、ついて行きなよ。まだ誰かを待ってるの? まさか、あの華やかな明華内親王と婚約したって噂の——霧島少将様を?」
……彼女は、私と霧島清次の関係に気づいていた。
じゃなければ、遊女である私が他の男の相手をせずに済んでいた理由なんて、ないはずだから。
私は三味線を抱え、二日に一度、夜の町へと出ていく。
そんな特権が許されるのは、いま最も名を馳せる将軍、霧島清次の女だけだ。
彼女は言う——霧島清次は私をただの慰み者にしているだけ。
高嶺の花に恋するなんて、分不相応だと。
でもね、彼女は知らない。
——離れられなかったのは、私じゃない。
あの人の方だったのよ。