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遊女として終わるはずだった私が、名家の正妻になった!?
遊女として終わるはずだった私が、名家の正妻になった!?
ビタミンZ
恋愛結婚生活
2025年06月04日
公開日
2.5万字
完結済
戦が終わったあと、遊女たちは遊郭に売られぬよう、必死で武士に縋って家へ連れ帰ってもらおうとしていた。 無口で浅黒い肌の足軽大将が私を迎えに来た時、遊女の屯所に残っていたのは、病に伏せる老女と私だけだった。 彼女は笑いながら言った。 「紅葉、誰かが連れて行ってくれるなら、行っときな。まさかまだ待ってるの? あの輝かしい、明華内親王を娶るという雾島少将様を?」 私は「考えるわ」とだけ答えた。 その夜、霧島清次が私を床に押し倒した。 顎をきつく掴んで、無理やり顔を上げさせる。 「俺が明華内親王と結婚することに……妬いてるのか?」 そう言って、鼻で笑った。 「相変わらず、気が強いな。 けどな——明華内親王と夫婦になっても、お前との関係は何も変わらない。郊外で屋敷を買った。そこに居てろ」 ……彼は、一度も、昼間に誰かが私を迎えに来たことを訊ねなかった。 まるで、私が誰の手も取らぬと信じきっているようだった。 けれど彼は知らない。私はもう—— 北条信堅という名の大将と、約束を交わしていたことを。 霧島清次が明華内親王と祝言を挙げるその日が、 私たちの結婚式の日でもあるということを。

第1話

戦が終わって間もなく、例の決まりに従い、私たち遊女は皆、島原の遊郭に売られる手筈になっていた。


あの場所には、年寄りも子どもも、異常者や変態まで何でもいる。まともな人間が住むところじゃない。


だから三日前から、若い子たちはこぞって兵たちを引き止めようと、あの手この手で色目を使っていた。


彼らは戦場から生還したばかりの兵士。凱旋すれば褒美も与えられ、たとえ家に妻子がいようと、囲い者の一人くらいなら持っても咎められはしない。

——むしろ、それが戦功の証だとでも言わんばかりに。


北条信堅が現れたのは、そんなある日のことだった。

あのとき、無頼漢の一人が私を側室として連れ帰ろうとし、それを断った私に逆上して、陣幕の中で無理やり押し倒してきたのだ。


「この売女が……! 罪臣の娘で、今は遊女のくせに、まだ自分が姫様か何かのつもりか? いつもは少将様がいるから我慢してやってたが、今こそ俺が味見してやらぁ……!」


その下卑た声が言い終わる前に、男は誰かに襟首を掴まれて地面に叩きつけられた。

私は慌てて身を起こし、そこに立っていた人影を見上げた。


——北条信堅だった。


彼はまるで小鳥でも持つかのように、その男を片手で引きずりながら外へ出ていった。

最初は罵声が響いていたが、すぐに音は途絶えた。


しばらくして、北条信堅は再び陣幕に戻ってきた。

入り口に立ち、山のように光を遮る。


小麦色の肌は陽に焼け、鍛えられた身体に汗が伝って鎖骨に落ちていく。

息を少しだけ荒げながら、じっと私を見つめている。


けれど、何も言わなかった。


どれだけ時間が経ったのか分からない。

そしてようやく、彼はたった一言だけ口を開いた。


「……俺で、いいじゃん」

唐突で、少し不思議な言い回しだった。けれど、意味は通じた。


ここ数日、私のもとには五、六人ほどの兵がやってきた。

「家に連れて帰る」とか、「正妻にしてやる」とまで言ってくれる者もいた。


——民部卿の箱入り娘だった私は、琴も囲碁も、書も絵も嗜んだ。

京でもその名を知られた美貌の持ち主だったから。


でも、その全てを私は断ってきた。

なのに、今。


私は北条信堅の瞳をじっと見つめた。

だが彼は、視線を逸らしてしまった。


その顔はまるで、借金を踏み倒された商人のように硬くこわばっていたくせに、

——耳の先が真っ赤に染まっていた。


「……考えさせて」

そう答えた。


彼が去ったあと、陣幕の隅から、か細い声が聞こえた。

「……あれが、最後の人かもしれないね。」


声の主は、ここに残るただ一人の老女。

重い病を患い、余命いくばくもない人だった。

彼女は私に向かって、笑いながらこう言った。

「紅葉、あの人が連れて行ってくれるって言ってるなら、ついて行きなよ。まだ誰かを待ってるの? まさか、あの華やかな明華内親王と婚約したって噂の——霧島少将様を?」


……彼女は、私と霧島清次の関係に気づいていた。


じゃなければ、遊女である私が他の男の相手をせずに済んでいた理由なんて、ないはずだから。


私は三味線を抱え、二日に一度、夜の町へと出ていく。

そんな特権が許されるのは、いま最も名を馳せる将軍、霧島清次の女だけだ。


彼女は言う——霧島清次は私をただの慰み者にしているだけ。

高嶺の花に恋するなんて、分不相応だと。


でもね、彼女は知らない。

——離れられなかったのは、私じゃない。


あの人の方だったのよ。


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