再び霧島清次の名を耳にしたのは、あれから一年後のことだった。
姉の身体はもうすっかり良くなり、
この日も縁側で、ふたり並んで仕事に勤しんでいた。
そこへ、ちょうど薬を届けに京都から戻ってきた家老が言ったのだ。
「……実は御所で、大ごとがありましてな」
内親王の屋敷にて、あの清次さんが脚を折り——
それどころか、どうやら正気も失ってしまったという話だった。
もはやそれは、御所内でも隠しきれぬ噂となっていた。
聞けば、内親王の支配欲は日に日に強まり、
最初こそ人をつけて四六時中監視させる程度だったが——
やがて、外出そのものを禁じられ、
誰ひとりとして彼に会いに行くことすら許されなくなったのだという。
霧島清次の身の回りに仕える女中たちも、
すべて内親王の差し金で入れ替えられていた。
しかし彼は元々、武に通じた男だった。
御所の塀をよじ登って二度ほど脱走したものの、
そのたび身体がますます弱っていくのを感じていた。
ある日、内親王は微笑みながらこう言ったのだという。
「清次さん、ご心配なく。
毎日お召し上がりの食事にはね、
ただ武の力を少しずつ失わせる薬を混ぜているだけ。
……身体には、そんなに害はないから」
霧島清次は、ついに耐えきれなくなった。
わずかな隙を突いて霧島家へ駆け込み、
すでに幕府の中枢にまで登りつめた父に助けを求めた。
「お願いです……どうか離縁を……!」
しかし、彼の父は困ったような顔をして言った。
——内親王様との縁があってこそ、我ら霧島家の栄華がある。
どんな夫婦にも困難はつきものだ。
今は耐え忍ぶしかない。
そう言って、彼の父は自らの手で清次を御所へと送り返したのだった。
親王殿下に頭を下げ、こう言いながら——
「どうか、どうか清次を見捨てず……お慈悲を……」
……それから間もなくのこと。
霧島清次は、脚を折り、精神に異常をきたしたという噂が流れた。
「どうして……そんなことに……」と私が言うと、
家老は曖昧な表情で答えた。
「……御所の若い女中が申しておりました。
清次さん、桜の木から落ちたのだそうです」
「桜の木から?」
「ええ。今年の冬、京都では桜の花がよく咲きまして……
清次さん、目を盗んで高い桜の木に登り、
『これを摘んで誰かに届けたい』と、そう仰って——
でも枝から落ちてしまい、それから……
泣いたり笑ったり、どうも様子がおかしいとのことでして」
……義姉は、それを聞いて、ふっと目を伏せた。
かつて彼が私の縁側に桜の枝を置いた夜のことを思い出していたのだろう。
しばしの沈黙の後、私は何も言わず、
刺繍を終えた祝いの草履を義姉に差し出した。
「ねえ、姉さん。この花、綺麗にできてる?」
義姉は小さな草履を優しく撫でながら、私の腹部を見た。
「……男の子か女の子か、楽しみね。名前は決めたの?」
私はお腹をそっと撫でながら、柔らかな笑みを浮かべた。
「……どっちでもいいの。元気に生まれてくれれば、それだけでいい」
「主人は、朝日——って名をつけたいって言ってるの」
——私たちは、泥の中でもがきながら生きてきた。
だからこそ、願うのだ。
どうかこの子は、生まれた時から、まっすぐに。
朝の陽のように、明るく——
美しく、輝いて。