「明日の昼には、ガース砦まで到着するな」
「うへぇ。もう行軍だけで疲れたっすよ」
「ガース砦に到着したら、すぐに砦攻めを開始します。我ら第三師団『切り込み隊』は、破城槌の警護を任されました」
「ああ、今回うちは門攻めか」
「それは助かるっすねぇ」
夜。
行軍は一時中断し、夜営である。
当然ながら、兵士も人間だ。一昼夜歩かされて今から戦争だ、というわけにはいかない。行軍中も適宜休憩はとるし、こうして夜はテントの中で休むようにしている。
まぁ俺が入隊したばっかの頃は、夜中に歩き通した後で朝から戦い、みたいなことも何度かあったけど。今回の戦は、それほど急がなければならないというわけでもないのだ。
焚き火を囲むのは、俺とレインとマリオン。
他の連中も同じく、焚き火で暖を取りながら革袋のワインを飲んで、談笑している。
「はー。風呂に入りたいっすねぇ」
「お前も向こうで水浴びしてきたらどうだ? 割と綺麗な水だったぞ。川だったし」
「嫌っすよ。こんな寒いのに」
「まぁ、確かに寒いわな」
はー、と吐いた息が、僅かに白くなる。
冬は越えたが、それでもまだ春先だ。冬の名残はまだあるし、夜はさすがに寒い。
だから兵たちは暖を取るために焚き火を燃やして、ワインで体を温めているわけなのだが。ちなみに、俺は支給された分を全部飲み干してしまった。
一人分のワイン、少ねぇんだよな。
「どうぞ、隊長」
ぴちょん、ぴちょん、と革袋から垂れてくるワインの滴りを舌で受け止めている俺。
そんな俺を哀れに思ったのか、レインが同じワインの入っている革袋を、俺に向けて差し出してきた。
「うん……いいのか?」
「レインはあまり酒を嗜まないもので。一口で結構です」
「そうか。んじゃ、ありがたく貰っておくわ」
いや-、隊長思いの部下を持ったものだ。
酒には強い方の俺なんだが、こういう夜営のときには困るんだよな。ゴツゴツした地面の上にテントを広げて、マントに包まって眠るのって、しらふじゃ無理なんだよ。だからしっかり酔っ払って、一瞬で意識を失えるくらいにしておかないと、なかなか寝付けない。
まぁ、一般的には「どこでもいつでも眠ることができるのが一流の戦士である(キラーン)」みたいな考え方もあるのかもしれないが、俺にはとてもできない。
ありがたく、レインから与えられたワインを飲む。
何故か、ちょっとレインの頬が赤くなってるように見えた。寒いんだろうか。
「んで、地獄の縄上りはどこが担当することになったんだ?」
「第三師団は門攻め、第一師団が穴掘り、第二師団が縄上りの予定です」
「今回は第二か」
「ええ」
砦攻めにおいては、門攻め、穴掘り、縄上りが基本だ。
門をどうにかこじ開けるか、門以外の場所から入り込むか、縄を伝って壁を上るか、である。
その中でも、最も危険に晒されるのが縄上りだ。
矢を放ち、敵の砦のどこかに固定した縄を伝って、壁をひたすら上る。勿論、敵も縄を上られてはたまったものではないため、縄をどうにか処理したり、縄を上ってくる兵を矢で射ったり、石を落としてくるなど対策をしてくる。
つまり、こちらは縄を上っている中、両手が塞がっている状態で、上からやってくる攻撃に対処しなければならないのである
こういう役割は、全部『切り込み隊』がやるのも慣例だ。
「んで、レイン」
「はい、隊長」
「俺は?」
「はい。勿論、デュラン総将軍よりギルフォード隊長だけは、縄上り部隊に入るようにとのことです」
「やっぱりかぁ」
はぁぁ、と大きく嘆息。
第三師団が破城槌の警護、という時点でおかしいと思ってはいたのだ。勿論、敵も門を破られたくはないため、破城槌をまず壊そうとしてくるのは当然である。
だが、この役割は大して指揮も関係なく、ただ敵の矢から破城槌を守りつつ、火を放たれたら消す、みたいな感じだ。『切り込み隊』にしてみれば、三つの攻め方において一番楽な担当だと言ってもいいだろう。
そんな楽な担当であるからこそ、俺は別の役割が回されるのである。
「俺、前んときも縄上りだったぞ」
「隊長が一人で縄上り部隊に出張してくださるおかげで、我々第三師団は門攻めか穴掘り班をやらせてもらっていますから」
「あのな、レイン。俺はこの戦争が終わったら結婚するわけでな」
「前回、縄上りしながら敵兵の矢を手で払って、落とされた石を真上に投げ返し、一人で壁の上まで到着してから敵の弓兵たちを制圧し、一人で砦の閂を外して味方部隊を内部に入れた功績は、総将軍の耳にも届いております」
「そう聞くと俺すげぇな」
前回といっても一年ほど前にはなるが、確かに俺は縄上り部隊でそんな活躍をした。
大体、そういうのは俺とか他の大隊長とか、鍛えている武人がやるべきものだと思うんだよな。下手に普通の兵たちにやらせても、死人が増えるだけである。
だから俺、前回は第一師団が縄上りの役割だったんだけど、俺だけでいいって言って、一人で上って一人で決着をつけてきた。あの後、第一師団の大隊長には感謝されたが、総将軍からは勝手な行動をするな、って怒られた気がする。
でもまぁ、俺の活躍で砦は陥落したようなもんだし?
「はぁ……できれば、命がけの任務は勘弁してほしいぜ」
「いつものことじゃないすか」
「前までは、思ってたんだよ……いつ死んでも、別にいいかって」
「えっ……」
俺の独白に、マリオンが目を見開く。
こんな話、したことなかったんだけどなぁ。
「独り身だし、別に悲しむ奴もいなかったしな。まぁ、俺が命張ってどうにかなるんなら、この命くらい別にいいかなって、そう思ってたんだよ」
「隊長……」
「でも今は、なぁ……」
俺は、『切り込み隊』の隊長だ。
そして隊長である以上、部下である兵士たちの命は、俺が預かっているようなものだ。だから俺は、絶対に部下を死なせない――そのつもりで、先頭を走っている。
部下を死なせるくらいなら、自分が死ぬ。そのつもりで、俺は隊長をやっているのだ。
だが、今は。
俺は――自分の死が、怖い。
「死にたくねぇよな……結婚相手ができるって、こんなに怖いもんなんだな」
「隊長……」
ジュリアの顔を思い描く。
俺が死んだら、ジュリアは泣くだろうか。あの温もりも、あの柔らかさも、もう感じられなくなってしまう――それが、恐ろしい。
だが同時に、ジュリアの柔らかさを思い出してちょっと興奮してきた。あ、生きて帰れば毎日抱きついてもいいんだよな。だって夫婦だし。
あ、やばい。絶対生きて帰らなきゃ。
「隊長……あの」
「ああ、どうしたマリオン」
「隊長って死ぬんすか?」
「は?」
人がしんみりしている隣で、意味が分からないと首を傾げているマリオン。
いや、俺人間だよ。普通に死ぬよ。
「だって隊長って、多分槍で刺されても槍の方が折れるんじゃないすか?」
「人を何だと思ってんだてめぇ」
俺、そんな不死身の化け物とかじゃねぇよ。