「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ガース砦。
夜営から半日ほど歩いて、まだ日が高い状態でここまで全軍が到着した。
敵軍は既に布陣しているらしく、砦の方には国旗がいくつもはためているのが分かる。そして、それと共に俺は強制的に第二師団へと合流することになった。
俺が率いる『切り込み隊』については、「問題ありません。レインにお任せください」と言っていたため、全力で任せることにした。
そして、現在の俺は。
縄を上っている。
「撃てっ! 矢を放てっ!」
「石を落とせ! 絶対に上がらせるな!」
「熱した油を用意しろ! 奴を火だるまにしてやる!」
上の方から、そんな声が聞こえる。
当然、俺は事前に第二師団の『切り込み隊』隊長、ダリルに言った。今回の縄上りについては、俺一人で問題ない、と。
四十前くらいのダリルは、最初「いや、若者にそのような……」と困惑していたが、最終的には折れてくれた。ダリルだって、自分の部下が死ぬ目に遭うのは嫌だろうし。
結果的に俺は弓兵が放ち、固定を確認した縄を、一人で上っている。
「うらぁっ!!」
放たれてくる矢を、手で弾く。
どうしても弓矢というのは、平行で構えるのが当然なのだ。それを無理やり真下へと撃っているため、その命中精度は低い。せいぜい、五本に一本俺を掠める程度のものだ。そして、皮一枚を掠めたところで縄上りに支障などない。
一応、顔とか頭とか肩とかに当たりそうなやつは、片手で弾いてるけど。
「ちっ……! おい! 誰か槍を放て!」
「や、槍をこのまま投げるってことですか!?」
「矢が弾かれる以上、仕方あるまい! 替えの槍はいくらでもある!」
「はっ!」
上からなんか不穏な言葉聞こえてくるっての。
さすがに槍が降ってくるとなると、片手で弾くのは難しそうだ。下手に俺が弾いたら、下にいる味方に当たってしまうかもしれないし。それで柄の部分だけでもレインやアンナにでも当たろうものなら、この戦いが終わってからめちゃくちゃ怒られる。
となれば、俺のやることは一つだ。
「やぁっ!」
「ほっ!」
真っ直ぐに、俺に向けて放たれる槍。
変に体勢を変える弓矢より、こちらの方がよく当たるのかもしれない。まぁ、真っ直ぐに下に向けてそのまま落とせばいいだけの話だしな。
だから俺は、一旦片手だけで自分の体を支えて。
落ちてくる槍を、受け止める。
「よいしょぉっ!!」
そして、そのまま片手だけで投げ返す。
まさか投げ返してくると思っていなかったのか、こちらの様子を見るために顔を出していた敵兵の、眉間を見事に槍が打ち抜いた。
よしよし。石を落としてくれるより、槍を落としてくれた方が、こちらも受け止めやすいし投げやすい。
「油、準備できました!」
「よし! 奴にかけてやれ! 『ガーランドの不死隊長』も、所詮まがい物よ!」
「うぉぉぉぉぉっ!!」
熱い油。
これが、一番厄介なのだ。下手に触れると火傷するし、広範囲に渡って降りかかってくるからである。加えて、油だから弾くことも受け止めることもできない。
つまり、俺ができるのは避けることだけである。
両手で思い切り、綱を掴んで。
「はっ!!」
壁を、蹴りつける。
全力で蹴ると壁が壊れる可能性があるから、ある程度の余裕を持ってだ。
油が落とされ、それが俺に届くかどうかの、その刹那――その時間だけ、俺は一瞬だけ壁から離れる。
そして、俺が戻る頃には油は全部下に落ちてる、ってわけだ。
「なっ!! 避けただと!?」
「矢を放つ手を止めるな! 奴は一人だ! 波状攻撃を仕掛けろ!」
うひぃ。
壁が油のせいでヌルヌルする。全然足が引っかからない。
仕方ない。
腕の力だけで、どうにか向かうしかない。
次の油を用意するのにも、火に油の入った鍋をかけて、熱する時間が必要だし、すぐには来ないだろう。その間に、一気に壁を上る――。
「うおおおおおおお!!!」
縄をひたすら、上り続ける。
もう、壁の半分は超えただろう。そして俺の背中には、常に愛用している戦斧が括り付けられている。
どうにか上りきれば、あとは壁の上で暴れるだけだ。
「くっ!! 矢でも槍でも石でも、何でもいい! 奴を止めろぉっ!!」
「油、まだ用意できません!」
「縄は切れないのかっ!」
「かなり太く、まだ時間が……!」
「奴をどうにか止めろっ!! 上ってこられたら、この砦は終わりだっ!!」
終わりにするために、俺が行ってんだよ。
まぁ、俺の代わりに縄上りをしなくて済んだ第二師団『切り込み隊』には、代わりに俺のとこの応援に行くように言ってある。つまり俺が内側から門を開きさえすれば、第一戦功は間違いない。
俺が門を開いた戦功と、砦への一番槍の戦功だ。
「は、ぁっ!!」
そして、俺の手はようやく。
綱ではなく、石壁の頂上――そこに、辿り着いた。
「き、来たぁぁぁっ!!」
「『ガーランドの悪魔』が来たぁっ!」
「殺されるぞっ! 逃げろっ!!」
「き、貴様らっ! 奴を落とせ! 槍で突かんかっ!!」
ようやく上りきった俺を前に、逃げ出していく民兵。
こういうとき、民兵ってのはすぐに逃げ出すんだよな。俺たち『切り込み隊』は、常に訓練をしているから、絶対に逃げ出すことなんてないんだが。
まぁ、ちょっと疲れた。
さすがに矢を払い、槍を投げ返し、油を避ける縄上りはしんどい。
「うらぁっ! 死にたい奴から掛かってこいっ!!」
背中の戦斧を構えて、俺は叫ぶ。
司令官らしき男は慌てふためきながら剣を抜くが、既にそこには部下の姿が一人もなかった。
まぁ誰だって、殺される場所に残りたくなんかない。
そして俺も、逃げ出した奴まで追って殺したりはしない。
「く、くそっ……!」
「おいおい……よくもやってくれたじゃねぇか。てめぇのせいで、ちょっと疲れたぜ」
「な、何故、これだけの壁を上ってきて、ちょっと疲れたくらいなのだ!?」
「鍛え方が足りねぇんだよ!」
それ以上、言葉を聞くことなく戦斧を一閃する。
剣ほど切れるものではないし、槍ほど使い勝手の良いものではない、戦斧という武器。
先端が重いせいで速度は出せないし、重い分だけ体力を奪われる、本来ならあまり戦には適していない得物だ。
だがその重量ゆえに、俺には使い勝手がいい。
何せ、ちょっと狙う場所をずらしても、重さがそのまま威力に変わってくれるのだから。
俺の一閃で司令官の体が吹き飛び、壁に激突する。
「ふぅ……さて、このまま降りて、門を開けなきゃか」
アリオス王国の王都まで、ガース砦以外に著名な砦はない。
つまり次の城攻めは、アリオス王都を攻め込むときだ。
多分そのときも、俺は縄上りの役割なんだろうけど。
それでも、問題ない。
次の、アリオス王国の王都――そこを落とせば、戦争は終わる。
つまり、俺は帰ることができる。ジュリアと結婚することができる。
そう考えると、胸が弾んだ。
ガース砦、一日で陥落。
当然、それは俺が縄上りをして、内側から門を開けて兵を引き入れ、制圧したからだ。
デュラン総将軍の、期待通りの働きはしたと思うのだが。
「一人で上るとか、無茶をするな。お前が死んだら、故郷の妻に私は何と言えばいい」
ただ。
デュラン総将軍からは、ちょっと怒られた。