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将軍のスレイプニル 11

「……」


「……」


 じっと睨み合う、ガルフォードとスレイプニル。

 スレイプニルの方は割とおとなしく、じっとガルフォードを見据えるだけだ。衝撃波を繰り出してくることもなければ、今もなお体を這わせている電撃を放ってくるような様子もない。

 まるでガルフォードを見定めているかのようなその視線には、確かな知性が感じられた。


「ソ、ソラ殿……」


「どうしました?」


「た、ただ、睨み合うだけでいいのですか? 私はこれから、何をすれば……」


「睨み合うだけですよ。タイミングは僕がまた言います。状態に合わせて、ガルフォードさんには干し肉を食べてもらいます。それはまた僕が指示しますので」


「……本当にそんなことで……いえ、申し訳ありません。従います」


 ソラの言葉に、そう答えてくるガルフォード。

 まぁ、ソラのやり方――師から教わった魔物の捕縛方法は、特殊な部類だ。ただ睨み合うだけでいいというのは、彼にとっても疑問だろう。

 だが、ソラは先にガルフォードに言い含めてある。大迷宮の中では決してソラの言葉に逆らわず、言うとおりに動けと。そして、仮にガルフォードが勝手な動きをした場合、ソラは手を引くと。

 それを理解した上で、疑問を飲み込んで、ガルフォードはじっとスレイプニルを見据える。


「……しかし、思っていたよりも気性がいいですね。これなら、割と早く終わるかもしれません」


「そうなの、ソラ?」


「ええ。大暴れをする相手は、沈静の香を使ってまず落ち着かせることから始めます。ですが、スレイプニルは全身を拘束されているにもかかわらず、動く様子がありません。つまり現状、スレイプニルは興奮していないんです。もしかすると、人に慣れやすい種なのかもしれませんね」


「へぇ」


 リンの質問に、そう答えるソラ。

 魔物は基本的に、人間を敵視している。魔物ばかりが過ごす大迷宮において、人間とは異物であるからだ。

 そして人間――冒険者もまた、魔物を狩りその素材を持ち帰るのが仕事である。魔物が現れたら全力で応戦し、その命を狩るのが仕事なのだ。

 お互いに、姿を見れば狩り合う――そんな、決して相容れることのない水と油のような関係なのである。


「……」


「……」


 そんな中でも、このスレイプニルは異端だ。

 最初から興奮していた様子もなく、がむしゃらに襲ってくるということもなかった。まるで、こちらを見定めていたかのように。

 そして、こんな風に動けないよう拘束されていながらにして、それに対する不満も見せずにじっと佇んでいる――こんな魔物、今までソラには覚えがない。


「さて、ガルフォードさん」


「あ、ああ、私は何をすればいいですか?」


「退屈なんで、何か面白い話でもしてもらっていいですか?」


「今この状況で要求してくるのがそれですか!?」


 ガルフォードからすれば初めてのことで戸惑っているだろうが、ソラからすれば今まで何度となくやっている懾伏の、その始まりでしかない。

 ここからスレイプニルを懾伏するまでの長い時間、共に過ごさなければならないのだ。

 それは当然、退屈である。


「いえ。軍の話が割と面白かったので、もう少し聞きたいなと」


「だ、だが今の状態で……」


「視線を決して外さなければ、少々喋っても問題ないですよ。参考までに僕の師は、キマイラと睨み合いながら僕に色々と小話をしてくれました。主に魔物売り関係の小話ですが」


「……私としては、逆にその小話の方が気になります」


「例えばですけど、副将軍っていうのは軍の中でどういう立場なんですか? まだガルフォードさんは若いですし、そんなに簡単になれるものなんですか?」


「え、ええと……」


 ソラのもとを訪れた副将軍――ロックウェルとガルフォードの二人。

 他にも三人いるという話だったが、そのあたりが微妙に見えないのだ。どんな仕事をしているのか、軍の中でどんな立場なのか。


「軍では、階級があります。その中で、二番目に高いのが副将軍です」


「……まぁ、そうだと思いますけど」


「二等兵士、一等兵士、伍長、小隊長、中隊長、大隊長、その次が副将軍、最後に将軍です。そして、副将軍というのは師団長を兼任します」


「ほうほう」


「軍によっても異なりますが、一応の基準としては五人一つの部隊が伍隊、伍隊が五つ集まったのが小隊、小隊が五つ集まったのが中隊、中隊が五つ集まったのが大隊です。大隊になると、三千人からの兵士を率いることになります。師団というのは、その大隊が幾つか集まった部隊ですね。これを率いることができるのが、師団長です」


「なるほど」


「一つの師団あたり、大隊が四から五ほど所属します。この師団が三つで、王国軍になります」


 単純計算で、5×5×5×5×5――3125人が大隊である。

 そして、そんな大隊が四から五ほど所属しているのが師団ということは、一つの師団あたりで一万二千から一万五千程度の人数になるだろう。

 それが三つ――純粋に、三万から五万ほどの人数ということだ。

 軍が、それだけの大勢を雇っているということである。

 だが、そこでふとソラは首を傾げた。


「師団は三つしかないのに、副将軍は五人いるんですか?」


「いえ……三つの師団は、陸上部隊です。五人の副将軍のうち、一人は空騎兵団を率いていますから。これは訓練を積んだ兵しか入れない上に、乗るグリフィンの数も決して多くはないですからね……人数としては、千もいない。それを率いる副将軍が、唯一ドラゴンに騎乗する空騎兵団長です」


「ああ、僕の師が捕まえたドラゴンですね」


「ええ。私とロックウェルは、陸上部隊の副将軍ですが。空騎兵団長は、さすがに空騎兵の中から選ばれますので。そちらの団長も、そろそろ退役を考えてはいるそうですがね……」


「なるほど」


「そして最後の一人は、将軍補佐です。副将軍の中でも、最も地位が高いのがそちらになりますね」


「へぇ」


 ガルフォードの言葉に、素直に感心するソラ。

 つまりガルフォードは、三万から五万もいる兵士の中から頭角を現し、今や三十台半ばでありながら副将軍の座についた稀有な人物ということだ。

 とりあえず、今回のスレイプニル捕獲で恩を売っておけば、これから何かいいことでもあるかもしれない。軍の副将軍に恩を売って、どんな見返りがあるのかは分からないが。


「なるほど。それじゃ……」


 だが、そうソラが続けようとした、次の瞬間。

 そんなソラの言葉を阻んだのは、怒号のような叫び声だった。


「えっ……」


 思わず、目を見開きソラはスレイプニルの向こう――叫び声のあったそこを見る。

 そして、そこにいたのは。


「おらぁぁぁっ!!」


「スレイプニルだ! ぶっ殺せぇ!」


「――っ!」


 それぞれの手に武器を構えた、ならず者たちの姿。

 大迷宮に挑む冒険者――その、集団だった。

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