「ちょっ、これ、どういうことよっ!」
「僕に聞かれても分かりませんよっ!」
リンの叫びに対して、ソラも同じく叫んで返す。
こちらに押し寄せてくるならず者の群れは、人数にして二十人といったところか。それぞれ手に剣や斧といった武器を持っている。動きやすい革の鎧が返り血に染まっていることを考えても、恐らくこのあたりで狩りをしていた冒険者の一団だろう。
「アレス! 追い返せ!」
「ブモゥ!!」
冒険者の前に立つ、大柄の全身鎧――アレス。
だが、中層で狩りを行う二十人もの冒険者の一団だ。当然、二十人もを相手にアレスが一度に相手にできるわけがない。
どうしてもそんな集団の一部はアレスの隣を抜けて、拘束しているスレイプニルへと襲いかかってきた。
「やめろっ!」
「うらぁっ!」
ならず者の一人が、スレイプニルの背中へと剣を振り下ろす。
ざしゅっ、という肉を裂く音と共に、ソラの目の前に鮮血が散った。
「グォォォォォッ!!」
さすがに、自身を傷つけられてまで黙っているほど、魔物は甘くない。
スレイプニルは剣で斬りつけられた瞬間に、全力で周囲へと電撃を発した。
「くっ……!」
「ぐあぁぁぁっ!」
「ひぃっ……!」
激しく、周囲を駆け回る電撃の嵐。
それは襲いかかってきたならず者たちの動きを止め、全身を痺れさせる。しかし、ソラたちの周囲には電撃こそ走るが、その衝撃は届かない。
数人が電撃によって動きを阻まれたが、しかしならず者たちの攻撃は止まらなかった。
「おらぁっ!」
「うるぁぁっ!」
動けないスレイプニルに向けて、振り下ろされる剣。肉を裂く斧。貫く槍。
拘束されて動けない魔物など獲物だとばかりに、ならず者たちはスレイプニルへ次々と攻撃を繰り出していく。
「やめろぉっ!」
「なんだてめぇ! うるせぇな!」
「そのスレイプニルは……!」
「どけクソガキがぁっ!」
ならず者の打ってきた槍が、ソラの腕を叩く。
穂先こそ避けたため傷こそ負っていないが、しかしめきっ、と腕の骨が折れる感覚と共に激痛が走った。
「ぐっ……!」
「俺らの邪魔するんじゃねぇ! どいてろぉっ!」
「へへっ、こんな無防備なスレイプニルなら、簡単に持ち帰れらぁ!」
「グォォォォォッ!!」
ならず者たちがスレイプニルに攻撃を仕掛けるたび、スレイプニルが体をよじらせて苦痛に呻く。
激しい攻撃に対しても、スレイプニルは回避行動をすることさえ出来ない。何故なら、ソラの罠によって八本の足が全て拘束されているからだ。
アラクネの糸を混ぜて作られた、特注の縄――その強度は、スレイプニルの暴れようとする動きでさえ拘束する。そして暴れたら暴れた分だけ、さらに体中に絡みついて動けなくなる。
そう計算して仕掛けたソラの罠は、スレイプニルがどれだけ暴れようとも身動きすらとれない。
「ソラ殿、大丈夫ですかっ!」
「ガルフォードさんっ……! このままじゃっ……!」
「わ、私はどうすればいいっ!」
「懾伏は、失敗です! 今は、この危機を……!」
「承知したっ! ならば、ようやく動けるっ!」
ソラの言う通り、ずっとスレイプニルと睨み合ったままで動かなかったガルフォード。
突然の闖入者が現れたとしても、ソラの指示の通りにしなければならない――そう考えたままで動けなかったのだ。スレイプニルが目の前で傷つけられている様に、動くことができない自分に歯噛みしながら。
だが、失敗したというならば、もはやガルフォードに動かない理由はない。
「どけぃっ!」
「ぐはぁっ!」
ガルフォードは腰から剣を抜き、目の前のならず者を両断する。
それは、長きにわたって磨き上げてきた武。数多の人間を相手にしてきた戦場で磨かれてきたそれは、副将軍として先頭を走るガルフォードの真髄。
疾風のように動いたガルフォードの姿を、捉えられたならず者はいなかった。
「ぐはぁっ!」
「ぎゃあっ!」
剣の一閃が、スレイプニルを襲おうとしたならず者数人を斬りつける。
魔物を相手にした戦いには慣れておらずとも、人間を相手にした戦いにおいてはプロフェッショナル――それこそが軍人だ。流れるような動きでならず者を手玉にとり、最低限の動きでその首を刈る。
まさしく、その場に暴風が出現したかのように、ガルフォードの剣舞は誰にも止めることができなかった。
「おぉぉぉぉぉっ!!」
「ブモゥ!!」
アレスの振るった棒により吹き飛ばされる数人と、ガルフォードの剣によって切り裂かれる数人。
ほんの一分にも満たない刹那の時間で、そこに現れたならず者たちは全員が屍へと変わっていた。
「……ふぅ」
「強い……なんて強さですか」
「副将軍、やば……」
剣の血を拭い、腰に再び差すガルフォード。
あまりの強さに、ソラとリンは驚きを隠すことができない。軍の中でも上から二番目――副将軍という立場にある者は、これほどまでに凄まじい強さを誇るというのか。
しかしガルフォードは悲しげに、傷ついたスレイプニルの背を撫でた。
「すまない、スレイプニルよ」
「……」
八本足を拘束されたままで、じっとガルフォードを見据えるスレイプニル。
その体にある傷を考えれば、興奮状態にあると考えていいだろう。だというのにガルフォードに対しては極めて静かに、ただじっとその目を見つめていた。
そして、その視線の交錯と共に。
スレイプニルが、ゆっくりと膝を折る。
「えっ……!」
膝を折り、腰を落とし、その首をガルフォードの前に下ろす。
まるでそれは、騎士が主君に忠誠を誓い跪くような――そんな絵姿にすら見えた。
「……なるほど」
ソラは溜息と共に、苦笑を浮かべる。
二流でしかないとはいえ、二年も魔物売りをしてきたソラだ。懾伏し、従うようになった魔物の眼差しは、何度となく見ている。
スレイプニルがガルフォードに向けた眼差しこそ、まさにそれだった。
「師の、あの言葉の意味がよく分かりましたよ」
師が酒の席で言った、「あれほど、てめぇの無力を感じたことはねぇ」という言葉。
その気持ちが今、ソラにもよく分かる。
「確かに、これは無力を感じます」
「お、お頭ぁ、良かったんですかい?」
「何がだ」
「若ぇの二十人だけで、あの魔物売りに勝てるたぁ……」
「勝てるわけねぇだろ。ソラのガキが持ってやがる従魔が、何か知ってんのか? ソラのガキを殺せりゃ上等だが、全滅しても問題ねぇ。俺らの取り分が増えるってだけだ」
魔物売りギルド『黒牙団』頭領ガルフは、数人の手勢と共に荷車を押しながら大迷宮の入り口まで向かっていた。
二十数人いたはずの集団は、今僅かに五人。それも、ガルフの懐刀であるギルドの古参連中だけだ。
「頭数が減りゃ、取り分が増える。あいつらが死んでくれりゃ、俺らで報酬の総取りだ。一人頭白金貨二枚が、白金貨十枚に増えるんだぜ」
「そりゃそうっすけど……」
「スレイプニルを捕まえるのに、死者二十五人。それでしまいの話だ。さっさとこんな辛気くせぇ大迷宮なんざ抜け出して、豪遊しようじゃねぇか」