目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

将軍のスレイプニル 13

「色々と、ありがとうございました。ソラさん」


「本当に、僕は何もしていません。スレイプニルを御したのは、あなた自身ですから」


 大迷宮の中層から、ソラ一行は戻ってきた。

 行きと帰りで違うのは、その連れが一頭増えていることである。それは当然ながら即席の手綱を作り、首にかけ、ガルフォードが引いているスレイプニルだ。

 ガルフォードに向けてスレイプニルが跪いた後、罠をひとまず取り払った後でもスレイプニルは一切暴れようとはしなかった。まさしく、ソラが魔物を懾伏させたときのように。

 その理由が、今のところ全く分からないが。


「私はこれから、王都に戻ります。スレイプニルに乗って駆ければ、一日もかからず到着するでしょう」


「ええ。旅路の無事を祈ります」


「ありがとうございます。そうだ……一月後に、新たな将軍の叙任式が行われます。その式典に、ソラさん来てくださいませんか? 勿論、旅費や滞在費などは私が出しますので」


「そうですね……」


 ちらり、とソラは隣にいるリンを見やる。

 リンの方はほへー、と感心した様子でガルフォードを見てから、ソラに対して頷いた。一応、リンは元貴族令嬢だ。王都で正体が露見する可能性がある――そう考えて、視線を送ったのだが。

 リンが頷いたということは、恐らく大丈夫だということだろう。


「でしたら、行かせてもらいます。僕もこの腕ですし、しばらく仕事はできないと思いますので」


「……簡単な応急処置しかしておりませんので、すぐに医者へ向かってください」


「いいえ、助かりましたよ。リンなんて、おろおろしているだけでしたから」


「ちょっと、ソラ!」


 ソラが示すのは、自分の左腕。

 ならず者が現れたとき、槍に打たれて上腕が折れてしまった。今はガルフォードの素早い応急処置によって、がちがちに固められている。

 だが、こうして歩いているだけでもずきずきと痛んでくるし、早めに医者にかかった方がいいだろう。


「では……本当に、ありがとうございました」


 ガルフォードはそう頭を下げて、スレイプニルの背に乗る。

 鞍も轡もなく、並の馬の倍はあろうという体躯であるというのに、何の苦も感じていないように。

 そして、走り出したガルフォードの姿は。


 まるで――絵物語に出てくる騎士のような、そんな姿に思えた。












「ふぅ……全治一ヶ月だそうですよ。しばらく仕事はできませんね」


 医者で治療を受けてから、ソラはまず自宅へと戻った。

 ガルフォードの応急処置は適切だったらしく、医者も「応急処置が良かった。すぐに治るよ」と太鼓判を押してくれた。やはり軍人であるため、そういう技術もあるのだろう。

 一月も左腕を動かせないのは、少々辛いものがあるけれど。


「ねぇ……教会で治癒の魔術をかけてもらえないの? 教会だったら、すぐに治ると思うんだけど」


「そうですね。深い切創でもその日には治り、骨が折れても三日で治る。そんな風に言われてますけど……教会って高いんですよ。骨折を治すとなれば、金貨が飛びます」


「……え、マジで?」


「本当ですよ。一応、寄付金という体裁にはしているようですけど……教会も守銭奴ですからね。丁度いい休暇だと思うことにします」


「ソラがいいなら、別にいいけど……」


 うぅん、とリンが複雑そうに眉を寄せる。

 ソラはそんなリンに対して、右の方だけを軽くすくめてみせた。


「それに、リンにもまだ座学が必要ですからね。僕が大迷宮に入れない間、みっちり教える時間があります。スレイプニルに仕掛けた罠のやり方とか」


「あ、それ教わりたい。どうやってやってるの?」


「まぁ、追々教えていきますよ。とりあえず、一月後に王都に向かうとしましょう。折角、ガルフォードさんが招待してくれたことですし」


「うん」


 ふぅ、とソラは息を吐く。

 それから、厳しく眉を寄せて目を細めた。


「しかし……リンはスレイプニルを襲ってきた連中を、見ましたか?」


「あ、うん。あの冒険者の集団でしょ? いきなり横から出てきて、人が拘束してる魔物を倒そうとするなんて、マジ信じらんない。何なのあいつら」


「ええ……」


 大迷宮には、暗黙の了解が幾つか存在する。

 そのうちの一つが、他の冒険者が相手にしている敵には触れないことだ。勿論、その冒険者が倒れた場合は除くが、他人の相手にしている魔物を横から殴ることはルール違反となり、その場で殺されても何の文句も言えない。

 だが、彼らは当然のようにスレイプニルを攻撃してきた。

 少なくとも、その程度のルールも知らない連中が、大迷宮に挑むとは思えない。


「恐らく、彼らは冒険者ではありません。魔物売りです」


「へ?」


「前に言った、『黒牙団』です。魔物を商品としか見ていない連中ですよ。人が倒している途中でも乱入して奪い取り、荷車に乗せて騎魔商に売ります。人数と動き方を考えても、恐らく間違いないでしょうね」


「……じゃあ、スレイプニルを狙ってたってこと?」


「恐らくそうです。僕が拘束していたから、丁度いいと思って襲ってきたんでしょう。若者が多かったから、恐らく僕のことを知らなかったんだと思います」


 それに、とソラは溜息を吐いて。


「連中がスレイプニルを狙ってくる理由も、分かりますよ。恐らく、もう一人の副将軍が依頼をしたんだと思います」


「あー……だから」


「まったく、厄介な連中ですよ。今回のスレイプニル捕獲は特殊だったからいいものを」


「じゃあ……その、『黒牙団』もスレイプニルを捕まえている可能性があるってこと?」


「まぁ、そうですね」


 ソラも決して、『黒牙団』に関して詳しいわけではない。

 だが連中の動き方は、分かっているつもりだ。何十人もの集団を作り、魔物を半死半生まで痛めつけ、そして檻の中に入れて持ち帰る――そんなやり方で、今まで何匹もの魔物を捕まえている。

 今回のスレイプニル捕獲も、何チームかに別れて行っていることだろう。別のチームで、既にスレイプニルを捕獲している可能性も高い。


「でも、無理でしょうね」


「無理って、どういうこと?」


「スレイプニルを見たでしょう?」


 ソラは笑みを浮かべる。

 何から何まで、ソラの知る魔物とは違っていたスレイプニル。

 まるで――最初から、ガルフォードこそが自分の従うべき相手だと知っていたかのように、彼はソラたちと相対していた。


「恐らくですが……スレイプニルには、分かるんですよ。自分の従うべき相手が」


「……そう、なのかな?」


「ええ。そうでないと説明がつきません。つまり、自分の従う相手ではない者がスレイプニルを買ったとしても、背には乗せてくれないでしょう。ですから……」


 ソラは王都の方角――そこに向けてスレイプニルを駆っている姿を思い描きながら、呟く。


「次の将軍は、ガルフォードさんですよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?