通路内の空気は絞れば水が出そうなほど湿ノーズリングり気を帯び、一呼吸ごとに甘ったるい腐敗臭が喉にまとわりついた。長井淳のザーベルが闇の中に冷たい光の軌跡を描くと、刀先にぶら下がった緑血がゆっくりと滴り落ち、地面に微小な穴を蝕んでいった
「ねえ」由紀が急に接近し、がタクティカルライトに銀色にきらめいた。「その傷…本当に大丈夫?」彼女は長井淳の露わになった左腕を指さした――そこにはすでに皮膚が完全に再生し、かすかなピンク色の痕が残っているだけだった。
長井淳は振り向きもせず、岩壁を指で軽く撫でて粘液を付着させた。「前を見ろ」
「これは普通の回復速度じゃないわ」由紀がしつこく付きまとうように歩を進め、フリーズガンの青いエネルギーゲージが彼女の目の前で点滅した。「ゴールド級の治癒系進化者だって、あなたほど――」
「たぶん俺のレベルが低いからだ」長井淳は突然足を止め、耳を微かに動かした。「進化エネルギーの全てを回復力に振ったせいでな」。
由紀の鼻の穴がぴくっと開いた。反論しようとしたその時、岩壁の蜂の巣状の穴から密集した「サラサラ」という音が響いてきた。長井淳のザーベルが瞬時に胸の前にかざされる。「ワーカーコロニーだ」。
最初のワーカー虫が穴から頭を覗かせた瞬間、長井淳はすでに動いていた。拳ほどの大きさのザークが牙をむいた刹那、稲妻のような刀閃が走る。ワーカーは見事に真っ二つに斬り裂かれ、緑色の体液が岩肌に飛び散り、「ジュウッ」という腐食音を立てた。
「左よ!」由紀が叫んだ。
長井淳は振り返りもせず、ザーベルを逆手に掻き上げ、襲いかかってきたワーカーを壁に叩きつけた。その動作は流れるように滑らかで、一太刀ごと必ずワーカーの頭部と胴体の継ぎ目を斬り裂く――里の父が教えてくれた通り、ここが奴らの神経中枢なのだ。
さらに多くのワーカーが穴から溢れ出し、黒い津波のように押し寄せてきた。長井淳は突然身をかがめ、ザーベルを水平に振るうと、三匹のワーカーが同時に腹脚を切断された。その勢いで横転し、二匹の襲撃をかわすと、刀先を鋭く上へ跳ね上げ、さらに一匹を仕留めた。
「手伝おうか?」由紀の右手はすでに金属色になっていた。
長井淳は答えなかった。岩壁を蹴りつけ、反動で跳び上がると、ザーベルで完璧な弧を描いた。六匹のワーカーの頭部が同時に舞い上がり、緑色の体液が噴水のように噴き出す。着地と同時に転がり、刀を地面に突き立てる――ちょうど奇襲を狙っていた一匹のワーカー虫を串刺しにした。
「見事だ…」。由紀が呟くと、金属化した右手がリボルバーへと変形し、「バン!バン!」という轟音と共に、最後の2匹のワーカー虫を仕留めた。
通路は静寂に戻り、ただワーカーの死骸が痙攣する音だけが響いていた。長井淳は刀の緑血を振り払うと、突然眉を顰めた――地面が微かに震動している。
「下がれ!」彼は由紀の襟首をぐいと掴んだ。
次の瞬間、地面が轟音とともに爆裂した。ドラム缶ほどの太さのワーカーキングが地中から突如出現し、その口は不自然なほどに大きく裂け、螺旋状に並んだ鋭歯をむき出しにした。甲殻は不気味な紫黒色に光っており、明らかに長期間にわたって霊能鉱石を摂取した結果の変異だった。
ワーカーキングの速さは驚異的で、鎌状の前脚が長井淳の顔面を真っ二つに斬り落とそうとした。間一髪、ザーベルと虫の肢が激突し、火花が散った。長井淳はその衝撃で三步も押し戻され、靴底が地面に二筋の跡を刻んだ。
「酸液に注意!」由紀の警告は一瞬遅かった。
ワーカーキングの口が突然膨らみ、ダークグリーンの酸液が噴射された。長井淳は急所をかわすのが精一杯で、左肩を酸液にかすめられる。戦闘服は瞬時に溶解し、皮膚が酸に触れた瞬間――彼は歯を食いしばった。まるで肉に焼きごてを直接押し当てられたような感覚だった。
ワーカーキングはその隙に襲いかかり、前脚を高く振りかぶった。長井淳は引くどころか逆に前へ出ると、虫の肢が落下する瞬間に身を低くして、ザーベルを真上からワーカーキングの口と胴体の継ぎ目へ突き立てた。緑色の体液が滝のように降り注ぎ、彼の頭から顔へと浴びせかけられた。
「長井!」由紀が叫んだ。
驚くべきことに、酸で焼かれた皮膚が肉眼で分かる速さで再生していった。長井淳は顔を拭うと、掌でザーベルを一回転させ、突然――振りかぶって投げつけた。
「ドン!」
刀身がワーカーキングの複眼を正確に貫き、岩壁へと打ち付けた。長井淳はその隙に跳び上がり、虫の背中を踏み台にして勢いをつけると、刀の柄元へ強烈な膝蹴りを叩き込んだ。ザーベルは完全にワーカーキングの頭部へめり込み、刃先は反対側へと突き抜けた。
ワーカーキングは断末魔の叫びを上げ、狂ったように体をくねらせた。長井淳は刀の柄を必死で握りしめ、振り回されるように左右に揺さぶられる。まさにワーカーキングが振りほどかんとする瞬間、由紀の金属化した右手が長矛へと変形し、横腹から第三節の甲殻の隙間へ突き刺さった。
「今だ!」彼女が叫んだ。
長井淳は両手で刀を握り、全身の重量を柄に乗せた。ザーベルがワーカーキングの頭蓋内でぐりりと捻じれると、緑色の体液と脳組織が混ざり合ったものが傷口から噴き出した。ワーカーキングは最後の痙攣をいく度か繰り返すと、ついに動かなくなった。
「ふう……」由紀は金属化を解除すると、額の汗を拭った。「この手際、ブラックアイアン級だなんて誰が信じるもんですか」。
長井淳はザーベルを引き抜くと、付着したザークの組織を振り払った。「行くぞ」。
二人が数歩進んだ瞬間、遠方で耳を劈くような悲鳴が響いた――島田の声だ。通路に何重にも反響する叫びは、言葉に尽くせぬ苦痛に満ちていた。
「メインコロニーの方向よ!」由紀の表情が一変し、「もしかして…」
長井淳はすでに歩調を速めていた。「離れるな」
通路は次第に広がり、岩壁の生物組織は徐々に厚みを増し、ついには半透明の肉質の壁へと変貌した。内側を流れる青い液体がかすかに透けて見える。地面も柔らかくなり、一歩ごとに軽く沈み込むようになった。
最後のカーブを曲がった時、目の前に広がる光景に二人は同時に足を止めた――
バスケットコートほどの大きさの球状洞窟が広がり、壁面には青く発光するスパーが無数に埋め込まれ、空間全体を夢幻のように照らし出していた。しかしさらに恐ろしいのは天井の光景――数十個の白い繭が逆さにぶら下がり、それぞれ成人ほどの大きさで、気流にゆらゆらと揺れている。島田はそのうちの一つの繭に閉じ込められ、頭だけを外に出した状態で、紙のように青白い顔をしていた。
「助…助けて…」島田が彼らを見つめ、片方の目に希望の光が宿った。「こいつらが…俺のエネルギーを吸い取ってる…」
彼は必死にもがいた。白い繭の塊が釣り鐘のように揺れ動くが、彼の力はあまりにも微弱で、束縛から逃れることはできなかった。
さらに悪いことに、このかすかなもがきは、まるで蝶の羽ばたきのように、予想外の嵐を引き起こした。あっという間に洞窟内の糸が震えだし、無理やり弾かれた琴の弦のように揺れ動いた。
長井淳の瞳が急に収縮した。繭と洞窟の天井を繋ぐ糸に、青いエネルギーがゆっくりと流れていることに気づいた。洞窟の奥では、何か巨大なものが目覚めつつあり、スパーを震わせてガタガタと音を立てて揺れている……