トンネルの非常灯が明滅し、ザーグの甲殻に不気味な金属光沢を浮かび上がらせた。長井淳のサーベルが赤い光の中に冷たい閃きを描き、刀先はかすかに垂れ、いつでも斬り込める構えを見せている。
「くそっ、いったい何匹だよ!?」由紀の金属化した右手が回転ノコギリへと変形し、サイバーアームバンドは危険警告をひっきりなしに点滅させていた。
ユヴェイタンのコアリングが眩い青白い光を放った――「数だけの問題じゃない…奴らの陣形を見ろ」
長井淳が目を細める。ザーグは確かに不気味な戦闘序列を組んでいた――最前列には拳大のホッパーが数百匹、不自然な紫色の甲殻を持ち、口器から滴る酸液がレールを蜂の巣状に腐食させている。中列には見慣れた鎌ムカデだが、コロニーで見た個体より大型化し、甲殻には奇妙なブルークリスタルが埋め込まれていた。最後列には未だ見ぬジャイアントザーグが三匹、ビートルのような姿で、背気嚢が呼吸と共に膨張・収縮を繰り返している。
「タンクバグ…」長井淳が呟くように言った。里の父のノートに記載されていた変異体だ。「火を噴く」
ライザーの怒号が転倒した列車の残骸の向こうから響いてきた。「Aチームは左翼を死守!Bチームはホッパーを処理!スタークラストレベルの者たち、我と共にデカブツを片付ける!」
傭兵たちは素早く散開した。紅の女性傭兵が両手にファイアボールを凝縮させ、ホッパースウォームへと放つ。その仲間は霜を解き放ち、線路を滑りやすい氷道へと変えた。しかし、ザーグの反応は予想外だった――ホッパーは素早く散らばってファイアボールを回避すると同時に側面から包囲し、鎌ムカデは氷の上を滑走し、むしろ速度を増して襲い来た。
「こいつら…学習してる!」由紀の機械義手が盾へと変形し、最初の酸攻撃を遮った。
ユヴェタンの指輪が突然電磁パルスを放出し、最前列のホッパーたちが一斉に一秒間硬直した。「学習ではない……指揮だ。あのタンクバグの背中のクリスタルを見ろ!」
長井淳はすでに飛び出していた。サーベルが赤い光の中に完璧な弧を描き、三匹のホッパーが同時に真っ二つになった。彼の動作に一切の無駄はなく、一太刀ごと正確にザーグの頭部と胴体の接合部を斬り裂く。緑色の体液が彼の戦闘服に飛び散り、即座に無数の小さな穴を腐食したが、その下の皮膚は目に見える速さで再生していった。
「長井!右側よ!」由紀が叫んだ。
闇から鎌ムカデが襲いかかり、前肢の骨刃が長井淳の喉元を狙った。彼は身をかがめて回避すると同時に、サーベルをムカデの腹部第三節の甲殻の隙間へ下から突き立てた。ムカデは耳を劈くような悲鳴をあげ、長井淳はその剛毛を掴んで虫の背中へ飛び移る。刀光一閃、ムカデの頭部は胴体から分離し、緑色の血液が噴水のように噴き出した。
「こいつ、マジでブロンズレベルかよ?」少し離れた場所で、傷痕男が長井淳の流れるような動作を呆然と見つめていた。
ユヴェイタンの電磁パルスが再び炸裂し、長井淳のために進路を切り開いた――「ランクなんて所詮数字だ」
最前列のタンクバグが突然低くうなるような音を発し、背気嚢が激しく膨張した。長井淳は即座に状況を悟る――「散開!」
タンクバグの口器から業火が噴出し、回避できなかった二人の傭兵を瞬時に飲み込んだ。悲鳴の中、レイザーは数人のオリハルコンレベル強者と共に側面から急襲をかけ、サイオニックウェポンがタンバグの甲殻に眩い火花を炸裂させた。
「関節を! 関節を攻撃せよ!」長井淳の声が混乱した戦場を貫いた。
彼は線路脇のケーブルボックスを蹴り台にして跳躍し、サーベルを最も近いタンクバグの脚部関節へと真っ向から突き立てた。刃が甲殻に衝突した瞬間、長井淳は手の虎口に痺れを感じた――こいつの硬度は女王以上だ!タンクバグの前肢が横薙ぎに振られてくる。辛うじて体を捻って回避したが、衝撃波で吹き飛ばされてしまった。
背中がトンネルの壁に激突した瞬間、長井淳の視界に飛び込んだのは、三匹の鎌ムカデに包囲され機械義手に亀裂の入った由紀の姿と、ホッパースウォームに絡め取られ電磁パルスの間隔が伸びるユヴェタンの姿だった。戦況は悪化の一途を辿っている。
「助けが必要か?」
揶揄うような声が耳元で響いた。振り向くと、傷痕男が少し離れた所に立ち、サイオニックダガーを手の中でくるりと回しているのが見えた。
「タンクバグの弱点は気囊の下だ」長井淳は唇の端の血を拭いながら、「同時攻撃が必要になる」
傷痕男は片眉を吊り上げた。「どうしてお前を信じる必要があんだ?」
「女王を殺せるこの俺を信じるしかない」長井淳のサーベルが再び構えられた。「選べ。共に生きるか、それとも共に死ぬかだ」
3秒の沈黙の後、傷痕男は地面につばを吐き捨てた。「くそっ、お前に付き合ってやる!」
作戦は単純明快だった――傷痕男がタンクバグの注意を引きつけ、長井淳はトンネル天井から急襲する。傷痕男のサイオニックダガーがタンクバグの複眼に突き立った瞬間、長井淳は換気ダクトから飛び降り、サーベルを稲妻のように気囊と甲殻の接合部へと突き刺した。
緑色の体液が高圧水鉄砲のように噴出し、長井淳の顔に飛び散ると、即座に幾筋もの血痕を焼き付けた。だが彼は痛みに構っている余裕などない。刀身を傷口の中でぐらりと捻り回すと、タンクバグは耳を聾するような悲鳴を上げ、轟音と共に地面に倒れ込んだ。
「あと二匹だ!」傷痕男が叫んだ。その声には既に幾分かの敬意が込められていた。
長井淳は既に二匹目のタンクバグへ向かっていた。今度は戦術を変え、ザーグの脚部関節を集中攻撃する。サーベルが振るわれる度にグリーンマイアズマが舞い上がり、単発のダメージは小さくとも、累積効果が次第に表れ始めた――タンクバグの動きが明らかに鈍ってきた。
ユヴェタンの電磁パルスが時を計ったように炸裂し、タンクバグを一秒間麻痺させた。長井淳はこの機を逃さず、ザーグの前肢を踏み台にして跳躍し、サーベルを気囊下部の神経節に正確に突き立てる。二匹目のタンクバグが倒れ込むと、最後の一匹は突然攻撃を止め、不可思議な嗡鳴を発し始めた。
「あれは……信号を送っている?」由紀の機械義手が原形に戻ったが、表面には細かな亀裂が網目状に走っている。
さらに不気味なことが起こりました――すべてのザーグが同時に攻撃をやめ、整然と撤退し始めたのだ。ホッパースウォームが負傷した鎌ムカデを庇い、残存タンクバグが退路を守る――その一連の動きは規律正しく、あたかも訓練された軍隊のようだった。
「勝った!」一人の傭兵が血塗れの武器を高々と掲げ、「言っただろう、虫けらは所詮虫けらだってな!」
周囲の傭兵たちも続けて歓声を上げた。ライザーはサイオニックライフルを収めながら、薄ら笑いを浮かべて吐き捨てるように言った。「烏合の衆」
長井淳だけがその場に立ち尽くしていた。サーベルからは緑血がゆっくりと滴り落ちる。彼の視線はザーグが撤退した方向に釘付けになり、眉をひそめていた。あのブルークリスタル、あの信号、そして撤退時の精密な連携……これは普通のザーグ襲撃などではない。
リュックの中の里の父の手帳が熱を帯び、欠けた座標が示すのはトンネルのさらに奥――そこには何かが彼を待ち受けていた。
ユヴェイタンが長井淳の傍らに歩み寄ると、コアリングの光が彼の険しい横顔を浮かび上がらせた。「君も気づいたか?」
長井淳は答えなかった。しかしサーベルを握る手に、さらに力が込められる。ザーグの撤退した方向――その動きは整然としすぎており、規則的すぎた。彼は漠然とした予感に捉われていた。これは終わりではなく、始まりなのだと。