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第21話

女王は痙攣しながら倒れ、サーベルは深く後頭部の神経節に突き立っていた。長井淳は片膝をつき、肩の傷が焼けるように疼く。血が戦闘服を伝って滴り落ちる。彼は女王の亡骸を凝視し、前回のように虫の群れが混乱に陥るのを待った。


 だが、巣穴の中では、争いの音がやむことはなかった。


 「どういうことだ…?」長井淳は眉をひそめ、地面に落ちたパルスライフルを掴んだ。3匹のワーカーが側面の通路から這い出てくる――まるで誰かに指揮されているかのように完璧に連携しながら。三方から包囲するその動きは、女王を失った後の混乱状態とは程遠かった。


 長井淳が引き金を引くと、レーザービームが先頭のワーカーの頭部を貫いた。残り2匹は即座に動きを変え、1匹が正面から牽制する一方、もう1匹は背後に回り込んだ。こんな戦術連携は、普通のザーグには見られないものだった。


 「クソっ…」長井淳は血の混じった唾を吐きながら、予備のタクティカルナイフを引き抜いた。里の父のより二寸短いが、鋭さは十分だ。ワーカーが襲いかかると、彼は素早く体をかわし、前脚の突きを回避。刃を関節の隙間に正確に叩き込んだ。緑色の体液がゴーグルに飛び散ったが、拭う暇もない。反転してローキックを放ち、もう1匹のワーカーを足元に崩れさせると、サーベルを逆手に持ち替え、複眼の間めがけて突き立てた。


 巣穴がますます激しく震えだした。天井から小石がばらばらと落下し、地面に鈍い音を立てる。長井淳は荒い息を吐きながら周囲を見回した――少なくとも7、8匹の虫が各通路から押し寄せてくる。残ったアミュニションもわずか。失血した右腕は、もう痺れ始めていた。


 突然、二匹のフライング・インセクトイドが頭上から急降下してきた。拳ほどの大きさだが、尾部から噴射する酸液はたった三秒で合金装甲を溶かす。長井淳は羽音に気づいた時にはもう遅く、酸の匂いが鼻腔を刺すように疼いた。


 身構えたその瞬間、空気が割れるように二枚の半透明なエアロブレードが現れた。「ザッ!」フライング・インセクトイドは切り裂かれるように四つに分裂。迸る酸液は、見えない空気の壁に阻まれ、地を這うようにじゅうじゅうと音を立てて地面へ滑り落ちた。


 「伏せろ!」馴染み深い声が通道の奥から響く。長井淳は反射的に身を低くした――次の瞬間、火竜が頭髪を掠め、三匹のワーカーを包み込んだ。甲殻が爆ぜるように焦げ、炭化した死骸が砕け散る。


 ユヴェタンが6人の傭兵を引き連れ、洞窟に駆け込んできた。彼は両手を前方に突き出し、指先には淡い青い気流が渦巻いている――どうやら先ほどのエアロブレードは彼の仕業らしい。赤毛の女傭兵マギーがその後ろに続き、特製グローブを嵌めた掌からは、まだ火の粉が揺らめいていた。


 「生きてたのか、奇跡だな」ユヴェタンが手を振るうと、渦巻く旋風が発生し、近づこうとした二匹のフライング・インセクトイドを巻き込んで粉砕した。「巣のエネルギー波動が異常値を示してた。もうお前は終わったかと思ったぜ」


 長井淳は返事もせず、パルスライフルのコアユニットを素早く換装していた。マギーの火龍ともう一人の傭兵の電磁ネットが見事に連携し、左側の虫の群れを次々と葬り去っていく。ユヴェタンのエアロブレードは、俊敏なフライング・インセクトイドを専門に仕留めていた。


 戦闘は五分後に終結した。最後のタンクバグは三人の傭兵が協力してハイパーソニックブレードで解体され、緑色の体液が地面に広がった。洞窟には焦げ臭さとザーグ特有の生臭い体液の匂いが充満している。


 長井淳は女王の遺骸の傍らに歩み寄った。里の父のサーベルは今も彼女の後頭部に突き立ったままだった。柄を握りしめ、ぐっと引き抜くと、刃には青い粘液がべっとりと付着している。薄暗い洞窟の中で、その液体はかすかに輝いていた。


 「女王を仕留めたのはお前か?」背後からヴィクトルの声が響いた。大柄な傭兵隊長が残りの隊員を率いて到着したばかりだった。彼の重装鎧甲には無数の傷痕が刻まれているが、本人は無傷のように見える。


 長井淳は黙って頷くと、しゃがみ込んで女王の遺骸を調べ始めた。彼はその頭部を動かし、前回別の女王で目にしたダビデの星の刻印を探していた――あの印こそが重要な手がかりのはずだった。だが、眼前の屍には何の特徴的な印もなく、ただザーグ共通の環状紋様があるだけだ。


 「奇妙だ…」彼は呟くようにつぶやき、指先で青い液体を少しすくい取って嗅いだ。前回とはまったく違う匂いがした――あの鼻を刺すようなフェロモンはどこにもない。


 ヴィクトルが近づいてきた。戦闘ブーツが粘液を踏みしめるたび、ぐちゃりと不愉快な音が響く。「見事だ、ブロンズめ」彼は最後の二語をわざとらしく強調した。「だが、ここはシルバー傭兵団が接収する」


 長井淳は挑発に乗ることなく、遺骸の検索を続けた。女王の腹部には微かに光る器官があった――コアが埋め込まれた位置だ。ザーグの女王のコアは希少材として闇市場で天文学的な値がつく。それ以上に、コアにはザーグに関する重要な情報が含まれている可能性がある。


 長井淳はタクティカルナイフを手に取り、女王の腹部を切り開こうとした。


 「止めろ」ヴィクトルが彼の手首をガチッと掴んだ。「何をするつもりだ?」


 長井淳は顔を上げ、ヴィクトルを見据えた。「コアを回収する」


 「お前ごときが?」ヴィクトルが冷たく笑いながら、握力を増した。「ここのザーグはお前一人で倒したわけじゃない。コアは傭兵団の所有物だ。お前のようなブロンズレベルの未熟者には触れる資格もねえ」


 突然、ユヴェタンが二人の間に割って入った。風の元素が彼の周りに小さな渦を形成している。「ヴィクトル、いい加減にしろ。淳が先に女王を仕留めていなければ、我々はもっと高い代償を払う羽目になっていたんだ」


 「規則は規則だ」ヴィクトルは長井淳の手首を放すと、女王の遺骸の前に立ち塞がった。「シルバーレベル以上でなければ戦利品の分配資格はない。傭兵協会の規定だろう? 違うか?」


 数人の傭兵が小声で同調した。マギーだけがユヴェタン側についたが、他の面々は明らかにヴィクトル寄りだ。長井淳は彼らの議論を見つめながら、ふと全てが滑稽に思えてきた。


 長井淳は腰を折り、里の父のサーベルを拾い上げると、ズボンの腿で血糊を拭い落とし、鞘に収めた。肩の傷はすでにかさぶたができているが、動くたびに鋭い痛みが走る。それでも、彼は痛みを顔に出さなかった。


 「淳」ユヴェタンが彼の方に向き直った。「話し合いの余地はあるはずだ…」


 長井淳は静かに首を振り、通路へと歩き出した。背後で、ヴィクトルの勝ち誇った声だけがかすかに聞こえる。「ほら見ろ、本人も資格がないって分かってるようだぞ…」


 通路は先ほどよりさらに暗くなっていた。戦闘で照明設備の一部が破壊されたのだ。長井淳は濡れた壁に手をかけながら進み、頭の中はあの消えたダビデの星の刻印でいっぱいだった。


 長井淳は足を止め、振り返って洞窟の方を一瞥した。ヴィクトルが二人の傭兵に女王の遺骸を運ばせているところだった。ユヴェタンは傍らに立ち、曇った表情を浮かべていた。


 長井淳の眉間に深い皺が寄った。


 なぜ女王が死んだのに、ザーグの攻撃は止まらない?


 なぜダビデの星の刻印が消えている?


 どう考えても理解できなかった。

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