ライザーの体が、歯が浮くような骨の軋む音を立て始めた。制服のボタンが一つまた一つと弾け飛び、膨れ上がった筋肉に布地が引き裂かれていく。皮膚の表面には、ザーグの外骨格テクスチャのような不気味な青灰色の紋様が浮かび上がった。
「これが……お前たちには理解できない進化だ」ライザーの声は、気管が変形する「ゴロゴロ」という音と共に、しわがれた金切り声へと変質していた。四肢はゴムのように伸び、膝関節は昆虫のような逆関節へと反転。指先は融合し、鋭い黒い鉤爪へと変化していく
長井淳は鉄筋を握る右手が微かに震えていた。恐怖からではなく、体内に渦巻く灼熱のエネルギーが、目の前の怪物と共鳴しているせいだ。彼の左半歩後ろでは、ユヴェタンが呼吸を整えながら構えているのが感じられた。風属性が二人の周りに小さな渦を形成し始めていた。
「舌の射程に気をつけろ」長井淳が声を押し殺して警告した。「ザーグの口器は3メートル以上伸びる」
話が終わらないうちに、ライザーが突然口を大きく開けた――その口は耳元まで裂け、逆棘だらけのスカーレットタンが鞭のように振り出された。長井淳は咄嗟に身を仰け反らせ、舌が鼻先をかすめて通り過ぎるのを避けた。舌は背後にある金属の壁に当たり、碗ほどの大きさの穴を腐食させた。
ユヴェイタンは即座に反撃に転じ、両手を交差させて四本のエアロブレードを放った。しかしライザーは変異した左腕を上げるだけで、地面から突如として半メートルもの厚さの土の壁が隆起。エアロブレードは壁に深い斬撃痕を残したものの、貫通することはできなかった。
「無駄だ」ライザーの複眼が冷たい光を放ち、腹から響くような声で続けた。「半径百米以内の塵一粒の振動まで感知できる」
長井淳が突然加速した。スタークラストレベルの爆発力で音速の壁を突破する。鉄筋の先端に金色の光が宿り、ライザー最右端の複眼を狙って突き刺さんとする。ライザーの舌が再び鞭のように襲いかかるが、長井淳はすでに予測していた。疾走中に軌道を変え、鉄筋の攻撃を「突き」から「払い」に切り替える。鈍い衝撃音と共に、鉄筋がライザーの膝関節を強打した。
「ガリッ!」甲殻が割れる音が鮮明に響き渡った。
ライザーは人間離れした咆哮を上げ、よろめきながら後退した。その隙を逃さず、ユヴェイタンは両手を合掌させると、勢いよく引き裂く――極限まで圧縮されたエアロブレードが唸りを上げて飛翔し、ライザーの左肩甲殻の隙間に寸分の狂いもなく食い込んだ。
「連携は見事だ」ライザーの声が突如として平静を取り戻し、傷ついた部位が肉眼で分かる速さで再生していく。「だが……お前たちは自分が何と戦っているのか、何も理解していない」
地面が突然激しく震動し、無数の土の棘が四方八方から襲い来た。長井淳は3メートルも跳び上がり、空中で華麗に回転しながら攻撃を回避。着地と同時に砕けたコンクリート片を掴み取り、ライザーの顔面目がけて投げつけた。一方ユヴェイタンは旋風の障壁を生成し、自分に向かう土の棘をことごとく粉塵へと粉砕する。
ライザーの舌が突然三つに分岐し、二人に向かって襲いかかる。長井淳は退くどころか逆に前進、舌が胸元に届く寸前で素早く体を捻った。左手が鉄の鉤のように一条の舌を捉えると、右手の鉄筋に宿った金色の光を轟かせながら、その舌を断ち斬り落とした。
「ズブッ!」切断された舌の先端が地面に転がり、水を奪われた魚のように激しく蠢きだした。
ライザーは怒り狂って咆哮すると、残りの二本の舌を毒蛇のように長井淳の両目へ襲いかからせた。間一髪のところで、ユヴェイタンのウィンドチェーンが長井淳の腰を絡め、ぐいと引き寄せる。同時に十二発のエアープレス弾を放ち、ライザーの胸元で火花の連鎖爆発を引き起こした。
地面に着地した長井淳は一瞬の躊躇もなく、矢のようにライザーの背中へ飛び乗った。鋼鉄の輪のように締め付ける両脚で変形した胸郭を固定し、左手は後頸部のダビデの星の紋様をがっしりと捉える。右手の鉄筋は紋様の中心を狙い、全力の力を込めて突き下ろした
「捕まえた」長井淳が呟くと、鉄筋の先端が目も眩むようなゴールドの輝きを放った。
ライザーの複眼に一瞬、パニックが走った。突然、全身の骨が消えたかのように体を歪ませ、三本の切断された舌が信じがたい角度から反転。長井淳の背中めがけて一斉に襲いかかる。ユヴェイタンのウィンドシールドが二本をかろうじて防ぐが、三本目は防御を突破し――まさに貫かんとする瞬間
長井淳の体内でエネルギーが爆発的に迸った。全身の毛穴から金色の光芒が噴き出し、まばゆい光の繭へと変わる。ライザーの舌が光の繭に触れた瞬間、炭化して粉々に砕け散った。恐怖のエネルギー波が長井淳を中心に、同心円状に周囲へ拡散していく――
「今だっ!」長井淳の怒号が響く。鉄筋がライザーの後頸部にあるダビデの星へ、寸分の狂いもなく深々と突き立てられた。
ユヴェイタンも同時に最強奥義を発動した。周囲の空気すべてを圧縮し、髪の毛ほどの細さにまで凝縮したエアカッターを――ライザーの大きく開いた口器内部めがけて貫通させた。
内外からの攻撃を受けたライザーの身体は、風船のように膨張していった。複眼が飛び出し、甲殻の隙間からネオングリーン溶液が滲み出す。そして、不気味な「ブチュッ」という音と共に、その巨体は爆ぜ散った。
長井淳は爆風に吹き飛ばされ、5メートルも転がった。ようやく体勢を整えて立ち上がると、そこにはグリーンスモークを上げるライザーの肉片が散らばっている。ただ一つ、複眼の並んだ頭部だけが原型を留めていた。今なお無言で唇を震わせるその姿は、まるで何かを呪い続けているようだった
「スタークラストレベル……か」息を切らせながら近づいたユヴェイタンの顔には、疑いようのない驚愕が刻まれていた。「まさか、本当に壁を破ったのか?」
長井淳は微かに光り続ける自分の手のひらを見下ろした。「……らしい」体内を奔るエネルギーが以前とはまったく異質なことに気づいていた。さながら細い小川が、突然大河へと変貌したかのようだった。
コントロールパネルを呼び出し、表示された内容を確認する――
【氏名:長井淳
身分:平民
職位:三等傭兵
才能:戦闘
エネルギーランク:スタークラストレベル】
長井淳は静かに目を閉じ、深い息を吐いた。しかし、安堵の色はなかった。
爆発音が四方八方から響き渡り、基地全体が激しく震動した。彼らがいる廊下の天井が大きく崩落し始め、各エアベントから灼熱の爆風が怒涛のように流れ込んでくる。
「由紀は東区の実験室にいる!」ユヴェイタンが突然叫んだ。「急がなければ――」
その言葉が終わらないうちに、耳慣れた救いを求める声が爆発の轟きを突き抜けて届いた。長井淳のスタークラストレベルの聴覚が、百米先の由紀の悲鳴を捉える。同時に、少なくとも5匹のワーカーが彼女に迫っていることを感知した。
「ついて来い!」長井淳はユヴェイタンの腕を掴むと、速度を三倍に爆発させて声の方向へ突き進んだ。通り道の炎や瓦礫は、彼の身体を包む金色のエネルギー場に弾き飛ばされる。ユヴェイタンは風属性を全力で駆使しなければ、追従することすらできなかった。
実験室の入り口で、由紀は軋みを上げる金属製のドアに背を預けていた。右足は酸に焼かれて原型を留めておらず、五体のワーカーが扇形に彼女を取り囲んでいる。最前列の一匹が、鎌のような前脚を振りかぶったまさにその瞬間――
ゴールドの稲妻のように、長井淳が戦場に割って入った。武器すら使わず、スタークラストレベルの肉体そのもので、先頭のワーカーの頭部を一撃で粉砕する。ほぼ同時に、ユヴェイタンのエアロブレードが左右の敵をなぎ倒した。残り二匹は長井淳に後脚を掴まれ、壁目がけて振り回される。甲殻が割れる「パキン!」という音が実験室に響き渡った。
「歩けるか?」長井淳がしゃがみ込み、由紀の傷を確認しながら短く問いかけた。
由紀の青白い顔には冷や汗が浮かんでいたが、それでも頑なに頷いた。「杖があれば……大丈夫」
さらに激しい爆発音が周囲を包み、東側の壁全体が炎に包まれながら崩れ落ちた。避難途中、ヴィクトル、赤髪のマギー、痩せこけたカールら傭兵七人を救助する。カールは長井淳の姿に明らかにたじろいだが、今は過去の確執に拘っている場合ではなかった。
彼らが本館から脱出した時、目の前に広がっていたのは地獄絵図そのものだった。基地の80%が火の海と化し、そびえ立っていたウォッチタワーはフライング・インセクトイドの酸で溶けた蝋のように変形している。3匹のタンクバグは炎を噴き上げ、ヘリポート上のガンシップを次々と火の玉に変えていた。さらに恐ろしいことに、30頭を超える魔狼と無数の凶暴化した鳥の群れが廃墟を駆け巡り、クリムゾンアイが煙の中に浮かんでは消えていた。
「東側の塀だ!」マギーが200メートル先の崩れ落ちた隙間を指差して叫んだ。「あそこが唯一の脱出路よ!」
長井淳が周囲を見渡すと、確かに東側には今のところ変異獣の姿はない。しかし、現在地から少なくとも300メートルは離れており、その間は見通しの良い開けた地形が広がっていた。
「俺が援護する」長井淳が宣言した。「ユヴェイタン、お前が先導して連れて行け」
ユヴェイタンは反論しようとしたが、長井淳の瞳に宿るゴールドを見て、結局うなずいた。
長井淳は隊列の最後尾に立ち、ユヴェイタンが負傷者たちを東側へ導いていくのを見送った。肌が再び熱を帯び始め、スタークラストレベルの力が血管を駆け巡る。遠方では、数頭の魔狼がすでに彼らを発見し、急速に接近してきていた。
長井淳は深く息を吸い込み、前に進み出た。