「パキンッ――」
ガラスの割れるような鋭い音が、死寂とした洞窟に不気味に響き渡った。長井淳は咄嗟に振り向き、タクティカルライトのビームを音の発生源へ向けた。すると、最も大きな虫の卵の表面に細い亀裂が走り、裂け目から紫色の粘液が滲み出ているのが見えた。
「下がれ!」長井淳はユヴィタンのシャツの襟首を掴むと、ぐいっと二歩引きずるように後退させた。
「パッ!」と音を立て、虫の卵が突然花のように四つに裂けた。粘稠な卵液が飛び散る中、黒い影が卵から飛び出し──その速さは残像を描くほどで、まっすぐユヴィタンの顔面へ襲いかかってきた。
闇の中、長井淳のサーベルが銀光を描いた。刃と"あれ"がぶつかり合い、金属同士が触れ合うような鋭い音が響く。怪物は地面に叩きつけられ、赤ちゃんの泣き声のような金切り声を上げた。
タクティカルライトのビームの中、二人はようやくその生物の姿をはっきりと捉えた――人間に似た胴体を持ちながら、四肢は不自然に細長く、それぞれの腕は鋭い鎌のように曲がっていた。逆三角形の頭部には目がなく、螺旋状に並んだ牙がむき出しの口だけが存在する。最も不気味だったのはその皮膚で、半透明の質感の中を紫液体が流れているのが透けて見えたのだ。
「こいつ…何だよこれ…?」ユヴィタンの声はかすかに震えていた。
長井淳は答えなかった。サーベルはまだその怪物に食い込んだままだった。刃は半分ほどしか斬れ込んでおらず、完全には切断できていない。彼のスタークラストレベルの力をもってすれば、この一撃でタンクバグの外殻さえ真っ二つにできるはずなのに。
怪物が突然もがきだした。斬り裂かれた傷口から髪の毛ほどの細さの無数の紫色触須が伸び、なんと自ら再生し始めた。長井淳は迷わず追撃を放つ──今度は首筋を狙い、刀を振るった。怪物の頭部が地面を転がり、胴体は数度痙攣した後、ついに動きを止めた。
「進化人間以上の筋力だ」長井淳は刀から紫色の体液を振り払いながら、「外皮の硬度は合金並みだ」。
「パキパキ」という不気味な音が卵の群れから次々と響いてきた。長井淳とユヴィタンは一瞬視線を交わすと、互いに何も言わずに走り出した。背後では卵の殻が割れる音と、赤ちゃんの泣き声と虫の羽音が混ざったような、背筋が凍るような叫び声がこだましていた。
「こっちだ!」長井淳は狭い分岐路を見つけると、ユヴィタンの腕を掴んで引きずり込むようにして潜り込んだ。
通路の内壁は分厚い粘液で覆われており、踏むたびに「ぐちゃっ」という不快な音を立てた。ユヴィタンがうっかり壁に触れた瞬間、「なんだこれ? ベトベトしててヌルヌルしてやがる…」と嫌悪感丸出しで手を振った。
長井淳はライトで照らし、粘液が不気味なネオングリーンに光るのを確認した。慎重に刀の先で少しすくい上げると、粘液は糸を引くように長く伸びた。
「消化液とクモの糸が混ざったようなものだ」長井淳は眉をひそめながら、「獲物を捕らえるための罠かもしれない」
二人はさらに進み、通路は次第に狭くなり、最後は横向きになってようやく通れるほどになった。突然、長井淳は手を上げて停止を促した──かすかな救助要請の声が聞こえたのだ。
「人がいる!」ユヴィタンが声を落とした。
声を辿っていくと、彼らはある石窟前にたどり着いた。洞口は幾重もの蜘蛛の巣で塞がれており、半透明の糸の向こうには、丸くなって縮こまる三人の人影が見えた。
「助けて!どうか我々を救ってくれ!」中にいた者たちは光を認めるやいなや、蜘蛛の巣めがけて必死にすがりついてきた。
ユヴィタンが前に出ようとした瞬間、長井淳はさっと彼の肩に手を載せた。「待て」
長井淳はライトを石窟の周囲に走らせ、光の束が一角の影で止まった。そこには巨大な怪物が潜んでいた――上半身は蜘蛛そのもので、八本の脚が天井にがっしりと張り付いている。しかし下半身はサソリのような尾を引きずり、暗闇で幽界の青燐光の毒針をたたえていた。
「警備員……」長井淳は静かに言った。
石窟からの救助要請の声が、どうやら怪物の注意を引いたらしい。その生物はゆっくりと頭部を回転させ、八つの複眼が同時に二人を捉えた。次の瞬間、それは天井から一気に飛び降り、鞭のようにしなった尾を振り下ろしてきた。
長井淳はユヴィタンをぐいと押しのけると、素早く体をかわした。毒針がタクティカルベストをかすめ、布地に焦げたような黒い痕を残していく──猛毒だ!
怪物は着地すると即座に身を翻し、腹部を脈動させながら白い糸を噴射した。ユヴィタンがとっさにエアロブレードを放ち、それを寸断する。切断された糸が地面に触れた途端、小さな穴を腐食させていった。
「毒糸だ!触れるな!」長井淳が警告の声を張り上げた。
怪物が「シュッシュッ」と威嚇音を立てながら、八本の脚を高速で動かし、二人の周囲をぐるりと回り込んだ。その動きは異常なほど機敏で、尾は常に攻撃態勢を保っている。長井淳は、尾の鱗甲が光に照らされて金属光沢を放っていることに気づいた──明らかに通常兵器では貫通できない硬度だ。
「俺が注意を引きつける。隙を見つけろ」長井淳が低い声で指示した。
ユヴィタンが返事をする間もなく、長井淳はすでに飛び出していた。彼の速度は極限まで爆発し、怪物の目にはほとんど残像としか映らない。サーベルはまっすぐ怪物の頭部を狙い、前脚で防御せざるを得ない状況に追い込んだ。
「ガンッ!」金属衝撃音が洞窟内に反響した。怪物の前脚は鉄のように堅く、スタークラストの斬撃を直接受け止めた。しかしその筋力には予想外だったらしく、二歩後退を余儀なくされた。
その瞬間、ユヴィタンのエアロブレードが横腹から切り込み、怪物の腹部と尾部の接合部に正確に食い込んだ。緑液体が噴き出す中、怪物は苦痛の叫び声を上げた。
「関節だ!関節を狙え!」ユヴィタンが叫び声を上げた。
長井淳は意を悟り、攻撃を怪物的な脚の関節へと転じた。彼のサーベルは毒蛇のように狡猾で、毎回の攻撃は甲羅のつなぎ目の弱点を狙った。怪物はやむなく後退を続け、尾を狂ったように振るが、素早く動く長井淳に命中させることはできなかった。
ユヴェタンも手をこまねいてはいなかった。彼は絶え間なくエアープレス弾を放ち、怪物の動きを撹乱する。幾度か毒糸の直撃を受けそうになったが、その度に機敏にかわしていた。
怪物は追い詰められ、突然猛り立った。八本の脚で同時に地面を蹴り、生体砲弾のように全身で長井淳に突進する。あまりの速さに、長井淳はサーベルを構えて受け止めるのが精一杯だった。次の瞬間、巨大な衝撃で吹き飛ばされ、岩壁に激突した。
「淳!」ユヴェタンが叫んだ。
怪物はその隙に矛先を変え、ユヴェタンに向かって槍のように尾を突き出してくる。咄嗟にウィンドウォールを展開したが、尾の針はブロックを貫通し、もはや喉元まで迫っていた――
その時、ゴールドの光が走った。
いつの間にか怪物の背後に回り込んでいた長井淳――その両目はゴールドの輝きを放ち、皮膚の下の血管までが光り始めていた。サーベルは眩いばかりの光芒を纏い、怪物の背中からまっすぐ突き刺さり、胸部を貫通した。
怪物は耳を劈くような悲鳴を上げ、尾を力なく垂らした。長井淳は手を止めず、刀の柄を握りしめるとぐいと捻った。怪物の体は内側から爆ぜるように裂け、緑液体が洞窟の壁一面に飛び散った。
怪物はいく度か痙攣した後、ついに動かなくなった。長井淳はサーベルを引き抜くと、瞳のゴールドの輝きは次第に薄れていった。荒い息を吐きながら、額に細かな汗が浮かぶ――先ほどの一撃で、彼は膨大なエネルギーを消耗していたのだ。
「大丈夫か?」ユヴェタンが駆け寄った。
長井淳は首を振り、石窟の方へ向き直ると言った。「まずは救助だ」