「急げ!」
ユヴェタンが印を結ぶと、鋭いエアロブレードが洞口の蜘蛛の巣を切り裂いた。三人の探査隊員がよろめきながら這い出してくる。全身がねっとりとした蜘蛛の糸まみれだ。長井淳は脇で警戒態勢を崩さず、サーベルに付着した紫液体はまだ乾いていなかった。
「あ、ありがとう…」探査隊のリーダー格の男が荒い息を漏らしながら言った。四十歳前後だろうか、顔には生々しい擦り傷ができており、制服には「(雷雨グループ)」のエンブレムが刺繍されていた。
長井淳の瞳が瞬時に冷え切った。一歩前に出ると、サーベルを胸前に構えて問い詰める。「雷雨グループの者が、こんな所で何をしている?」
三人の探査隊員は顔を見合わせた。遠くで虫の卵が弾けるような「パチパチ」という音が響き、そのうちの一人が首をすくませた。
「わ、我々はサンプル採取に…」リーダー格の男は舌をかみそうになりながら答えた。「上司に連れられて来たんです…」
「こんな時に?」ユヴェタンが信じられないというように割って入った。「前線全体が戦闘状態なのに、お前たちはザーグの巣穴までサンプル採取に?」
「戦争が始まったなんて知らなかった!」若手の探査隊員が興奮した口調で反論した。「上杉課長に連れられて来たんです。ここに重要な資源があるって聞かされて…」
長井淳とユヴェタンは視線を交わした。上杉麻美――雷雨グループバイオテクノロジー部門の課長。傭兵の間では評判の悪い人物で、彼女が主導する実験のいくつかは倫理の境界線を越えていると言われていた。
「上杉麻美は今どこだ?」長井淳が詰め寄るように問い質した。
「拉致られました…」リーダーが顔の汗を拭いながら答えた。「この近くに着いた途端、ザーグに襲われたんです。奴らは…私たちを殺さず、ただ監禁するだけでした。上杉課長だけは別に連れていかれた…」
長井淳が眉をひそめた。これは明らかに異常だった――ザーグは人間を捕らえればその場で引き裂いて食うのが常で、捕虜を監禁するなど聞いたことがない。
「監禁されてからどれくらいだ?」ユヴェタンが尋ねた。
「3日…いや、4日かもしれません…」若い探査隊員が答えた。「あそこには光がなく、時間の感覚がわからなくて…」
長井淳は三人の中でずっと無言を貫いている中年男に目を留めた。銀色の襟章を付けたその男は副課長レベルのようだが、今はユヴェタンを奇妙な目つきでじっと見つめていた。
「お前は武――」副課長が突然声を震わせながら口を開いた。
ユヴェタンは電気にでも打たれたように猛然と顔を上げ、エアロブレードを副課長の耳元かすめさせて壁に打ち込んだ。「黙れ!」
洞窟内が一瞬にして静寂に包まれた。全員が――長井淳さえも――ユヴェタンを驚愕の目で見つめていた。
「武…だと?」長井淳がゆっくりとユヴェタンに向き直り、探るような眼差しを向けた。
ユヴェタンの顔が異様に真っ白になり、唇が微かに震えた。「…何でもない。人違いだ」
副課長は失言に気付いたらしく、すぐにうつむいた。しかし長井淳はこの不審なやり取りをしっかり記憶していた――ユヴェタンが何かを隠しているのは明らかだった。
遠くで再び虫の卵が弾ける音が聞こえた。今度は先ほどよりも近い。長井淳は疑問を一旦保留することを決めた。「まずはここから脱出だ」
一行はトンネルを急ぎ足で進んだ。長井淳が先頭を切り、ユヴェタンが最後尾を固め、三人の探査隊員は中央で守られる形だ。トンネルは進むにつれ次第に湿気を帯び、壁面の粘液も増していく。足を踏み入れるたびに、不愉快な「ぐちゃり」という音が響き渡った。
「この粘液、どうも不自然だ…」ユヴェタンが低声で呟いた。「ザーグの自然な分泌物には見えない…」
長井淳はうなずいた。粘液の中に混ざる微小な金属粒子が、タクティカルライトの下でかすかに光るのに気づいた。これは雷雨グループの生物金属実験の噂を思い起こさせるものだった。
「お前たち、一体何を採取しに来た?」長井淳が不意に振り返りながら問いかけた。
三人の探査隊員は再び躊躇いの表情を浮かべた。副課長が口を開こうとした瞬間、リーダー格の男が慌てて言葉を継いだ。「ただの…普通の鉱物サンプルです…」
「こんな時期に?戦争のリスクを冒してまで?」長井淳が冷笑いを浮かべた。「本当のことを言え」
気まずい沈黙が流れた後、副課長がため息をついて告白した。「…虫の卵のサンプルです。上杉課長が新型ザーグを発見したと言って、生体サンプルを採取するよう指示して…」
ユヴェタンが思わず息を呑んだ:「お前たち、正気か? 生体の虫の卵だと?」
「我々はただ命令に従っただけです…」若い探査隊員が言い訳がましく弁解した。「上杉課長はこれらの虫卵が特別で、画期的な生物技術の可能性を秘めていると…」
長井淳は半人半虫の不気味な幼虫たち、そしてその背中に浮かび上がるかすかなダビデの星の印を思い出した。胸中に恐るべき推測が形作られる――雷雨グループはおそらく、これらの変異ザーグの存在を最初から知っていたのだ。いや、それどころか…
「うわああっ――!」
引き裂かれるような絶叫が長井淳の思考を断ち切った。一同が振り向くと、副課長が膝をつき、腹を必死に抱えている。制服の下で何かが激しく蠢き、生地が不気味に膨らんでいた。
「何が起きた…?」ユヴェタンが無意識に一歩後ずさった。
副課長は苦悶のあまり地面を転げ回り、口から泡を吹いていた。腹はますます膨れ上がり、制服のボタンが一つまた一つと飛び散る。裂けた布の間からは、皮膚の下で球状の何かが回転しているのが見えた。
「助…けて…」副課長が長井淳に手を伸ばした。その目には恐怖が満ちていた。
長井淳が駆け出そうとした瞬間、ユヴェタンが彼を強引に引き止める。「触るな!」
その瞬間、副課長の腹部が突然破裂した――