灼熱。
それが今の長井淳の唯一の感覚だった。骨髄の奥底から迸り出た熱流が、血管を駆け巡り全身を貫く。皮膚は不自然なゴールドに輝き、汗は滲む間もなく蒸発して白い霧となった。コントロールパネルの数値が狂ったように跳ね上がるが、もはや見ている余裕などない――この身を引き裂かんばかりの力が、彼の体を内側から押し広げようとしていた。
「淳! お前の状態が――」
ユヴェタンの声が、分厚いすりガラスの向こうから聞こえてくるように鈍く響いた。長井淳はかろうじて頭を上げ、蜘蛛の糸に絡めとられた親友の姿が、視界の中で歪んでいくのを目にした。上杉麻美が女王の傍らに立ち、顔中に震撼の色を浮かべている。バグソルジャーたちは不安げに蠢き、鋭い前脚が金属的な音を立てて触れ合う。
この力……彼は以前にも感じたことがあった。基地でライザーと対峙した時、緑の水槽でもがき苦しんだ時……その度に、体内のどこかにある堰を開くような感覚があった。だが、今ほど激しく奔り出したことはない。
コントロールパネルが突然、速射砲のような連続警報を発した。長井淳はかすんだ視界でちらりと確認すると、エネルギーランク表示の数値が幾何級数的に増加しているのがわかった:
【エネルギーランク:スタークラストレベル頂点……突破中……】
【警告!理論限界値に接近!】
【ゴッドフォージレベルのエネルギー波を検知!】
ゴッドフォージレベル。長井淳の混濁した脳裏を、この単語が掠めた。それは教科書の中にしか存在しない概念だった――この域に達した者は、素手で空間さえ引き裂けると言われている。そして今、彼の肉体は制御不能なまま、この伝説の領域へと登りつつあった。
「うあああっ――!」
長井淳が苦痛に歪んだ叫びを上げた。エネルギーが多すぎる――彼の肉体が耐えきれないほどに。筋肉の一本一本が痙攣し、骨の髄までが軋み悲鳴をあげる。怒り、苦痛、混乱……それらの感情がまるで燃料のように、体内のエネルギー炎をさらに激しく燃え上がらせていた。
上杉麻美が突然、金切り声を上げた。「止めて! 早く彼を止めるの!」
女王が鋭い啼き声を発すると、バグソルジャーたちが一斉に襲いかかった。長井淳は、ユヴェタンが必死に自分を守ろうともがく姿を目にした――だが、さらに多くの蜘蛛の糸が彼の身体を絡めとっていく。
いや、もう誰にも犠牲になってもらわない。
長井淳は目を閉じ、体内を奔るエネルギーに身を任せた。もはや抵抗せず、抑圧もせず――暴れ馬を乗りこなすように、その力を外へと導き出していく。
世界が、この瞬間だけ静止したかのようだった。
そして――
「ドーン!」
無形のエネルギー波が長井淳を中心に炸裂した。洞窟の岩壁はビスケットのように粉砕され、砕けた岩や塵土が衝撃波に巻き上げられ、円形衝撃波を形成する。バグソルジャーたちは木の葉のように吹き飛ばされ、遠くの壁面に叩きつけられた。長井淳とユヴェタンを縛っていた蜘蛛の糸は寸断され、灰と化して散っていった。
上杉麻美は衝撃波に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。額から血が流れ、赤い痕が広がっていく。女王の巨大な体躯は大きくぐらつき、八本の脚で必死に地面を捉えることで、かろうじて倒れずに踏みとどまった。
ユヴェタンはよろめきながら立ち上がり、眼前の光景に愕然とした。エネルギー爆発の中心に立つ長井淳――その全身には肉眼でも見えるゴールドのオーラが渦巻き、静電気で髪の毛が逆立っている。コントロールパネルの表示はすでに警告色の赤に染まっていた:
【エネルギーランク:ゴッドフォージレベル(不安定)】
【警告!システム・オーバーロード!】
【至急撤退せよ!】
「淳! それをコントロールしろ!」ユヴェタンの叫び声は、エネルギー轟音にかき消されてしまった。
長井淳には届いていた――だが、もはやどうすることもできなかった。この力は大きすぎる。決壊した洪水を両手で食い止めようとするようなものだ。皮膚に細かな亀裂が走り、裂け目から金色の光が滲み出る。コントロールパネルが火花を散らしたかと思うと、完全にブラックアウト。チップが過剰なエネルギーで焼き切れたのだ。
エネルギーストームはまる十秒間続いた。最後のゴールドの光が消え去った時、長井淳は糸の切れた操り人形のように前のめりに倒れこんだ。
「淳! 目を開けろ!」
長井淳は両目を固く閉じたまま、呼吸は微かだが落ち着いていた。ユヴェタンが急いで全身を調べると、皮膚に残る金色の亀裂(きれつ)――それが癒えつつあること以外に、目立った外傷はない。しかし、あの恐るべきエネルギー波は完全に消え去っており、まるで最初から存在しなかったかのようだった。
洞窟内は惨憺(さんたん)たる有様だった。バグソルジャーの大半は地面に倒れ、痙攣(けいれん)を起こしている。わずかに這い上がろうともがく者もいる程度だ。上杉麻美は隅で丸くなり、流血する頭を抱えて呻いていた。女王の状態はややましだったが、数本の付属肢が明らかに骨折しており、不自然な角度に歪んでいた。
ユヴェタンは即座に決断を下した。意識を失った長井淳を背負い、その場を離れようとする。その瞬間、洞窟全体が激しく揺れ始めた。天井から小石がざらざらと落下し、地面には無数の亀裂が走る。遠くの岩壁が轟音とともに崩れ落ち、巨大な黒い穴がむき出しになった。
その黒い穴から、女王よりもさらに恐ろしい気配が漂い始めた。ユヴェタンの血液は一瞬にして凍りつく。貴族としての生来の危険察知能力が、彼の全身に戦慄を走らせる。ゆっくりと振り返り、その暗黒の洞口を見つめた。
最初に現れたのは、巨大な石柱のような八本の脚だった。一本一本がタンクアーマー以上に分厚い甲殻に覆われている。そして、女王の二倍はあろうかという巨大な胴体。最も恐ろしかったのはその頭部――複眼も口器もなく、甲殻に埋め込まれた、ぼんやりとした人間の顔の輪郭だけがあった。
ユヴェタンの唇が震えながら、皇室の極秘文書でしか見たことのない名を零した。
「ザーグの……主宰(ルーラー)……」
その朧げな人間の顔が、彼の声を聞きつけたかのように、ゆっくりとこちらへ向き始めた。ユヴェタンは突然の眩暈(めまい)に襲われる。まるで無数の声が直接脳裏で叫んでいるかのようだ。無意識のうちに背中の長井淳をしっかりと抱きしめ、一歩、また一歩と後ずさりした。
ルーラーはすぐには追撃してこなかった。ただ静かに立ち尽くし、無形の威圧感で洞窟内の空気を粘稠とさせている。ユヴェタンの呼吸は次第に苦しくなり、両脚は鉛を詰め込まれたように重くなっていった。
上杉麻美が突然、狂気の笑いを爆発させた。「はは……ははは……あなたたちは終わりよ……全員終わり……」
ユヴェタンは彼女の狂った言葉に耳を貸さなかった。昏睡状態の長井淳と遠くの出口を視線で行き来させ、脱出の可能性を瞬時に計算する。だがルーラーの出現が全てを変えてしまった――このレベルのザーグは、単身でストロングホールド一つを壊滅させられるといわれているのだ。
「淳……」ユヴェタンがかすかに呟く。今にも目を覚まし、再び奇跡を起こしてくれることを願って。だが長井淳の意識はまだ戻らず、かすかな呼吸だけが彼の生存を証明していた。
ルーラーがゆっくりと動き出した。その一歩ごとに地面が震える。ユヴェタンは歯を食いしばり、強制的に冷静さを取り戻そうとした。皇族として、彼は最も厳格な戦術訓練を受けている。このような絶体絶命の状況で取るべき行動を――
突然、長井淳の指が微かに痙攣した。ユヴェタンがすぐさま視線を落とすと、親友のまつ毛も震えており、懸命に意識を取り戻そうとしているようだった。
「頑張れ…淳…」ユヴェタンが呟きながら、出口に向かってゆっくりと後退していく。「もう少し…時間をくれ…」
ルーラーは彼らの意図を察知したかのように、その朧げな人間の顔が突然歪み、形容しがたい音を発した。それはザーグの啼き声でも、人間の言語でもない――もっと古く、もっと原始的な何ものかの声だった。
ユヴェタンはこめかみに炸裂するような激痛を感じ、鼻腔から温かい液体が流れ出るのを覚えた。もう長くは持たない――だが、少なくとも…せめて淳だけでも連れ出さなければ…