「父さん――!」
長井淳の絶叫が洞窟内に反響した。それは魂が引き裂かれるような苦痛に満ちていた。彼はただ茫然と、里の父の体が歪み変形し、皮膚に硬い甲殻が浮かび上がり、四肢が鋭い虫の脚へと伸びていくのを見つめるしかなかった。あの厳しくも慈愛に満ちた目が完全にザーグの複眼へと変貌した時、長井淳はまるで心臓を抉り取られたような感覚に襲われた。
しかしルーラーが長井淳へ向き直ろうとした瞬間、新たな女王が耳を劈くような金切り声をあげ、突然ルーラーに襲いかかった!
「ギィ――ッ!」
女王――かつての長井洋介――は鋭い前脚をルーラーの脚にぐさりと突き立てた。緑液体が噴き出し、ルーラーは洞窟ごと震わせるほどの咆哮をあげた。長井淳は、里の父の変異した体から、激しい動作で甲殻の隙間から血が滲み出ているのを見た。それでも、彼は一歩も引かずルーラーを攻撃し続けていた――
「裏切り者め!」ルーラーの声が直接全員の脳裏で爆発した――千本の鋼針を脳みそに突き立てられるような痛みと共に。「契約に背くとはな!」
女王は答えず、体当たりでルーラーに襲いかかった。二体の巨体が轟音と共に倒れ込み、数十匹の虫族の兵士を押し潰す。恐るべき衝撃波がそれらを中心に爆発し、ユヴェタンを縛っていた蜘蛛糸を震い切らせた。長井淳は、里の父の変異した複眼にかすかな決意の色が浮かぶのを認めた。その眼差しはあまりにも見覚えがあった――危険なミッションに向かう前、里の父が必ず見せていたあの表情だ。
「淳! 急げ!」ユヴェタンが空中から飛び降り、呆然と立つ長井淳の腕を掴んだ。
「いや! 父を置いていけない!」長井淳は激しくもがきながら前へ進もうとする。瞳のゴールドの光はほとんど実体化せんばかりに輝き、体内のエネルギーが沸騰しているのを感じた。コントロールパネルの数値は狂ったように変動し、過負荷で火花を散らしていた
ルーラーの一本の前脚が突然、女王の腹部を貫いた。しかし、女王は一歩も引かず、むしろ口器でルーラーの首筋をがっちりと噛み付いた。二匹のザーグの激しい戦いによって生じた衝撃波は洞窟の天井を崩落させ、巨大な鍾乳石が雨のように降り注いだ。鋭い岩石の一片が長井淳の頬をかすめ、血の跡を残したが、彼は全く気にしていなかった。
「淳!」ユヴェタンは長井淳の腰を必死に抱きしめた。「お前の父親はチャンスを作ってくれてるんだ!その犠牲を無駄にするつもりか!」
その時、女王が長井淳の方へ振り向いた。複眼にかすかに見覚えのある光が宿る。ザーグ特有の高周波で発せられた一連の音節は、しかし長井淳の耳には奇跡的に人間の言葉として届いた。
「わが子よ…愛している…生き延びなさい…」
その言葉は鋭い刃のように、直に長井淳の心臓を貫いた。ふと、八歳の頃を思い出した──訓練の厳しさに耐えきれず、こっそり涙を流していた自分に、里の父が不器用に頭を撫でながら言ったあの言葉を。「男の子だろう、簡単に涙を見せるな。だが…本当につらい時なら、泣いてもいい」。あれは、里の父がめったに見せない優しさに触れた、数少ない瞬間だった。
「行け!」ユヴェタンの怒号が響き、無理やり長井淳を出口へ引きずっていった。
洞窟の崩落はますます激しさを増していた。長井淳は最後にもう一度、ルーラーと死闘を繰り広げる里の父──かつて人間としての生き方を教えてくれたその男が、今は怪物の姿で自分たちの逃亡時間を稼ごうと戦っている姿を見た。里の父は虫の肢でルーラーを締め上げ、敵の鋭い棘が自らの体を貫くにも構わず決して手を緩めない。まるで、かつて雷雨グループから彼を守ろうとした時と同じ、あの頑固な姿勢のままでだった。
一粒の涙が頬を伝い、長井淳は身を翻すとユヴェタンと共に全力で走り出した。背後からは、ルーラーの怒りの咆哮と女王の決然たる叫び、そして岩盤が崩れ落ちる轟音が響いてくる──その一つ一つが、まるでハンマーのように彼の心を叩きつけていくようだった。
二人は複雑に絡み合ったトンネルを必死で駆け抜け、背後では通路が次々と崩落していった。長井淳の戦闘服は鋭い岩角に引き裂かれ、腕には無数の血痕が刻まれている。だが、痛みは感じなかった。脳裏に焼き付いているのは、里の父が最後に向けたあの眼差しだけ――たとえ怪物と化しても、決して変わることのない慈愛に満ちたまなざしだった。
「左だ!」ユヴェタンが彼を引きずり込むように脇道へ方向を変えた。「この先は地下河川に通じてる!」
どれほど走り続けただろうか。ついに一筋の光が見えた――出口だ!新鮮な空気が肺に流れ込むのに、長井淳は息苦しさを感じていた。彼は地下の小川のほとりに跪き、顔全体を冷たい泉の水に沈めた。そして、ついに抑えきれずに号泣した。水面には激しい波紋が広がり、それはまるで今やバラバラに砕けた彼の心のようだった。
ユヴェタンは黙って傍らに立ち、拳を握りしめた力のせいで指の関節が白く変色していた。今の長井淳に、どんな慰めの言葉も無力だと彼はわかっていた。遠くで時折鈍い崩落音が響き、命がけで救おうとした父親がもう――という事実を、残酷にも二人に思い起こさせるのだった。
「あの人は…最初から全てを計算づくだったんだ」長井淳が顔を上げると、頬を伝う水滴が泉の水なのか涙なのか見分けがつかない。「ノートの最後のページ…あの特注のサーベル…全部、俺のために用意した逃げ道だった」声はかすれ、もはや本来の声色とは程遠いものになっていた。「あの人は…自分がこうなると分かっていたんだ…」
ユヴェタンはしゃがみ込み、震える親友の肩をそっと押さえた。「真相を究明し、お前の父親の仇は必ず討つ。――皇族の名にかけて、誓う」
長井淳は首を振った。「いや、これは俺一人の問題だ」。腕を掲げ、すでに焼け焦げたコントロールパネルを露わにする。「俺は怪物だ、ユヴェタン。体内にはザーグの血が流れてる…人間社会に居場所はない」。自嘲気味に笑いながら、まだ完全に癒えていない腕の傷を見下ろした。そこには、不自然なゴールドを帯びた血肉がむき出しになっていた。
「社会なんか糞食らえ!」普段は紳士的な貴族が、珍しく罵声を浴びせた。「お前は長井淳だ!俺の最も親しい兄弟だ!これまで共に幾多の戦いをくぐり抜けてきたのに、体内の血の種類なんかで俺が態度を変えると本気で思っているのか?」
長井淳は苦渋に満ちた微笑みを浮かべた。「ありがとう…だが、皇族の後継者が怪物と友情を結ぶことなど、許されるはずがない」「…そのことは、俺よりお前の方がよく分かっているだろう」
ユヴェタンがまだ言葉を続けようとした瞬間、長井淳は不意に動いた。一閃――手刀が完璧な角度で彼の後頸部を捉える。「……っ……!」目を見開いたユヴェタンは、信じられないという表情のまま、崩れるように倒れ込んだ。長井淳は昏倒した親友の身体をそっと受け止め、近くの平らな岩の上に丁寧に寝かせた。
「すまない…」長井淳は呟くように謝罪すると、ユヴェタンの腰から予備のダガーを抜き取った。「これ以上、誰も巻き込みたくない」ポケットから里の父の遺品である金属カプセルを取り出す。中には遺伝子安定剤が入っている。表面に刻まれた「サバイバル用」の三文字を、指でそっと撫でるように触れた。
まぶしい陽光が目を刺す。長井淳は目を細めると、前方に十数名の完全武装した傭兵たちが立ちふさがっているのを認めた。先頭に立っているのは、紛れもないヴィクトル本人だった。どうやら、かなり前から待ち構えていたようだ。
「やはりここにいたか」ヴィクトルが残忍な笑みを浮かべながらパルスライフルを構える。「雷雨グループがお前の首に大金を懸けている。ブラックアイアンレベルの雑魚め」
長井淳は無表情で彼らを見据えた。コントロールパネルは破壊されていたが、体内で沸き立つエネルギーを感じていた――里の父が遺した最後の贈り物だ。ふと、里の父がよく口にしていた言葉を思い出す。「真の強者とは、弱点がない者ではなく、弱点を抱えながらなお戦える者のことを言う」
「俺はブラックアイアンレベルなんかじゃない」長井淳がゆっくりとダガーを抜きながら、瞳のゴールドの輝きを次第に強めていく。「俺は長井洋介の息子だ」
ヴィクトルは軽蔑的に唾を吐き捨てた。「腐れ爺さんの子分が何だと言うんだ?撃て!」
十数丁のパルスライフルが一斉に充電光を放った。しかし長井淳は、不意に笑みを浮かべる――里の父の言葉通り、怒りは最高の触媒だった。体内のエネルギーが臨界点を突破したのを感じた。皮膚の下の血管が全て金色に輝きだし……
最初のレーザービームが放たれた時、長井淳の姿はすでにそこにはなかった。