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第45話

長井淳の指が坂本隆の首筋に食い込み、指先には脆い喉仏と鼓動する頸動脈がくっきりと感じられた。かつて傲然としていた財閥の大物は、今や恐怖に震える鼠のようだ。酸欠で濁った眼球が突出し、血走った白目を剥き、よだれを垂らしながら痙攣していた。


 数百の兵士が鉄桶のように包囲してきた。銃器の装填音「カチャカチャ」と連なり、空気には火薬の匂いと兵士たちの緊張の汗臭が充ちていた。最前列の特殊部隊はすでにバリアシールドを構え、重厚な盾が地面に鈍い衝撃音を立てて据えられた。


 「最終警告だ!」将軍は前方の兵士を押しのけ、ピカピカ磨かれた軍靴が地面のガラス破片を軋ませた。肩章の星章がサーチライトに冷たく輝き、怒りで歪んだ顔の傷痕がより一層深く刻まれた。「坂本氏を解放しろ!これは連邦政府の命令だ!」


 長井淳が指に力を込めると、坂本隆はすぐに「ゴホッ」と窒息音を上げ、両足を空中で空しく痙攣させた。「連邦政府だと?」地獄の底から響くような低い声で彼は冷笑った。「お前らの政府は、雷雨グループが地下研究所で何をしていたか知ってるのか?生身の人間をどんな姿に改造していたか知ってるのか?」


 将軍の表情が微かに変化し、右手が無意識に腰の支給拳銃に触れた。「非常時には非常の手段が必要だ」官僚的な口調で彼は言った。「人類は絶滅の危機に直面している。進化のプロセスを加速させねばならない」


 「進化だと?」長井淳は荒々しく坂本隆を高々と掲げ、この惨めな財閥の姿を全員に見せつけた。「人間とザーグの遺伝子を無理矢理融合させ、生きている人間を怪物に変える――それがお前たちの言う『進化』なのか?」


 見守る兵士たちの間にざわめきが広がった。数人の若い兵士が不安げな視線を交わし、銃口をわずかに下げる。将軍は戦意波動の乱れを感知すると、即座に雷のような声で怒鳴った。「惑わされるな!全ての行動は最高議会の承認済みだ!人類存続のためには犠牲は避けられん!」


 長井淳の瞳が鋭く収縮した。将軍の言葉はまるで鋭い刃のようにはり紙を突き破った。つまり全ては政府高層の黙認のもとで行われており、坂本隆は単なる実行役に過ぎなかったのだ。バイオニックヒューマノイドの言う通り、真の黒幕はさらに深く潜んでいた。


 「犠牲だと?」長井淳の声は静かだったが、その言葉で周囲が一瞬にして静寂に包まれた。「わたしの里の父は何をした?お前たちの『犠牲』にされるほどに?第七地区の消えたホームレスたちは?彼らは何の罪がある?」


 将軍のこめかみに冷や汗が浮かんだ。無意識に半歩後ずさりながら、また強引に背筋を伸ばす。「歴史が我々の正当性を証明する」彼は機械的に繰り返した。「大多数の生存のためには、少数の犠牲は必要不可欠だ」


 長井淳が突然笑った。その笑みに将軍は背筋を凍らせる――何か哀れで滑稽なものを見るような表情だった。「確かにその通りだ」長井淳はうなずいた。「犠牲は必要だろう」


 「パキン」――乾いた骨折音が静寂の広場に鋭く突き刺さった。


 長井淳が手首を軽く捻るだけで、坂本隆の首は不自然な角度へと傾いた。その動作は枯れ枝を折るようにあっさりとしたものだった。坂本隆の目はまだ開いており、信じられないという表情が凝固し、開いた口から舌がだらりと垂れ下がっていた。紫がかった赤の顔には、最期の瞬間の恐怖がそのまま刻まれていた。


 時間が一瞬だけ止まったように感じられた。


 「発砲しろ!殺せ!現場で撃ち殺せ!」将軍の咆哮が夜空を引き裂いた。怒りで充血した彼の顔の傷痕が、さらに深く赤く浮かび上がった。


 数百の銃器が一斉に装填する音は、まるで死の神の囁きのようだった。重電磁ビームライフルの充電音、ロケットランチャーの安全装置を外す金属音、機兵兵器システムがロックオンする電子音――それら全てが交じり合い、一つのデス・シンフォニアを奏でていた。


 長井淳が手を放すと、坂本隆の死体はボロ布の人形のように地面へと崩れ落ちた。彼は周囲を囲む無数の銃口を静かに見渡し、ガードスタンスさえ取らなかった。この瞬間、彼は妙に冷静で、まるで生死を見透かしているかのようだった。


 引き金が引かれんとする刹那、突如として刺すような寒風が広場全体を襲った。気温は数秒で20度も急降下し、兵士たちの吐く息は瞬時に氷晶へと変わった。地面が「カチカチ」と音を立て、分厚い白い霜が目に見える速さで広がっていく。


 「止めろ」


 その声は大きくはなかったが、鋭い氷の錐のように全員の鼓膜を突き刺した。軍隊の側面から、突然一隊の完全武装した傭兵が現れる。彼らは統一された雪白色の戦闘服を身にまとい、風のように素早く移動した。訓練された傭兵たちは見事に分散し、あっという間に長井淳と軍隊の間に人間の壁を築き上げた。


 最も目を引いたのは、彼らの胸に輝く徽章──氷晶に囲まれた雪の結晶だった。これは「ブリザード傭兵団」の紋章であり、闇社会で最も恐れられる傭兵組織の証である。

 兵士たちの銃口がさっと不審者たちへ向く。しかし、誰も指一本動かせなかった。傭兵たちの列から緩やかに歩み出た男、その全身から漲る威圧感に、歴戦の精鋭兵士たちも自然と呼吸を止めた。


 ユヴェタン。


 ブリザード傭兵団の団長は今日、あの代名詞とも言える氷晶の仮面を着けていなかった。銀白色の長髪が寒風に翻り、髪の毛の間からは微かな氷の結晶がきらめいている。その顔は意外なほど若々しいが、年齢にそぐわない威厳をたたえていた。蒼氷の瞳は極地の決して溶けない氷河のようで、その視線の届く範囲の空気さえも凍りつくかのようだった。


 彼が一歩進むごとに、足元には完璧な六角形の氷の花が咲いていく。両陣営のちょうど中間地点に立ち止まった時には、広場全体の気温はすでに零下まで下がっていた。数名の兵士の銃は低温で動作不良を起こし、「カタッ」と空虚な音を立てた。


 「ユヴェタン!」将軍の顔が蒼白に変わりながらも、声は思わず小さくなっていた。「お前は今何をしているのか分かっているのか?これは連邦最高レベルの軍事作戦だ!妨害者は国家反逆罪で処断される!」


 ユヴェタンは将軍を一瞥することさえせず、視線は終始、長井淳に注がれていた。その瞳には温もりもなければ敵意もない――ただ、興味深い芸術品を鑑定するような冷徹な眼差しだった。


 「下がれ」ユヴェタンの声は大きくないが、否定の余地なき命令の響きを帯びていた。たった二文字の言葉で、周囲の空気はさらに冷気を増した。


 将軍の顔が真っ赤に染まり、首筋に太い血管が浮き出た。「てめえは何様のつもりだ?一介の傭兵頭が連邦将軍に命令するだと?」 激昂した将軍は背後に控える部隊に向かって怒鳴りつけた。「撃て!連中もろとも始末しろ!」


 ユヴェタンがゆっくりと将軍の方へ視線を向けた。ただそれだけのことで、将軍は見えざる手に喉を締め上げられたかのように、顔面が一瞬で蒼白に変わり、唇は酸欠により紫色に変色した。将軍は必死に自らの首筋を掻きむしったが、そこには何も触れるものはなかった。


 「下がれ……と、言ったはずだ」


 ユヴェタンが右手を上げると、突然、半透明のコントロールパネルが彼の目の前に浮かび上がった。普通の超常者のパネルとは異なり、その縁には精巧な金色の紋章が埋め込まれ、淡い青い光を放っている。パネルの材質は氷のようで氷ではなく、内部には雪のように舞うデータの流れがかすかに見える。


 パネルが完全に展開した時、そこに表示された情報を見た者全員が思わず息を呑んだ──

 【氏名:武内 城】

 【身分:皇室直系】

 【地位:帝国皇太子】

 【才能:風属性】

 【アクセスレベル:SSS】

 【エネルギーランク:スタークラストレベル】


 将軍の唇が震え、膝から力が抜けて今にも崩れ落ちそうになった。「皇...皇太子殿下...そんなはずが...」その声は首を絞められたようにかすれていた。「どうして...あなた様がそんな...」


 広場全体が墓場のような静寂に包まれた。兵士たちは顔を見合わせ、何人かはこっそり武器を下ろしていた。誰も想像だにしなかった──伝説のブリザード傭兵団の団長が、帝国でほとんど姿を見せない皇太子・武内城であることなど。「ユヴェタン」などただのコードネーム、真の身分を隠すための仮の姿に過ぎなかったのだ。


 長井淳が細目にする。ユヴェタン――いや、今は武内城と呼ぶべきか――のコントロールパネル上で、情報がリアルタイムに更新されていた。吹雪の中を舞う雪片のように、さらに多くのデータストリームがスクロールしていく。その中には不気味な赤色に輝くフィールドも混じっており、何か未知の秘密が明らかになろうとしているかのようだった...

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