「やぁ、恋ちゃん!
退院おめでとう!」
病院の外。
声を掛けられ私は驚いた。
声をした方に向く事が出来ず私は思わず彼と反対方向に首を向けた。
「恋ちゃん。
どうしてこっちを見てくれないんだい?」
「ごめん。
でも嫌…」
彼、篠崎悠里はアイドル『歌恋』のファン第一号であり、私の幼馴染だ。
「そうかい。
恋ちゃん。その車いすを僕が押すから少し散歩しないかい?」
断ろうか。それとも行為に甘えるか。
考えている間に彼はゆっくり車いすを押し始めた。
最初、どこに向かうのかと思えば向かう先は河川敷の方向。
この方向だと河川敷を歩いてそのまま家に向かうつもりなのだろうか。
「恋ちゃん、本当に命があってよかったよ」
「…うん」
私、鮫島恋はつい2月ほど前悪運に見舞われ、指が数本吹っ飛ばし、腹が裂け、顔が変形する重傷を負った。
一命をとりとめ退院する事は出来たが指が1本消え、車いすから立ち上がることは出来ず、顔も見るに堪えない。
「入院中色々送ったけどどうだった?」
「あぁ…。あれちょっと多すぎ。
私の事どれだけ心配してたのよ」
「そりゃファンの一人として死にかけたって聞いたら心配するさ」
「ファン…ねぇ…」
私は生きているが『歌恋』は死んだ。
今回の傷は大きく命はあったがアイドルには戻れない。
先程驚いて高鳴っていた心臓の音も落ち着いたので入院中何度も考えていたそのセリフを告げる。
「悠里。私はもうアイドルには戻れないよ」
「うん。
叔母さんからそれは聞かされたよ」
「だからもうファンとか言わないで」
数秒の沈黙。
河川敷から見える景色は曇天の空。
「それは歌恋が終わったから?」
「うん、アイドルとしてはもう終わりだよ」
「まぁ、そうだよね。
所でコメディアンって興味はある?」
「…はぁ?」
あまりにも馬鹿げた提案に振りむきかけながら驚きの声を上げれば悠里は「フフ」と面白い事を見つけたように笑った。
「あのね、恋。
ヴァーチャルアイドルって知ってる?」
「知ってるけど。まさか?」
「うん。恋がヴァーチャルアイドルに転向する」
「ガチ?」
「ガチ。
今回の事は僕が全力で炎上させてもう終わりだ―――って感じに演出しておいたからここで舞い戻ったらカッコ良いんじゃない?」
私は思い出す。
この幼馴染の行動力を。
小学生の頃、私の歌に一目惚れしたとか言って私の母親を説得しジュニアアイドルに押し上げてしまったのは此奴だ。
「…悠里。
この状況どう見てる?」
「歌恋の電撃引退は正直驚きだけどファンはまだまだいるし歌恋の武器はトーク力と歌唱力。それに精神面が大きい。
今回の事故で体が動かせないのとヴィジュアルが崩れたのは決して小さくはないヴァーチャルでの姿ならその状況は克服できる。
それにあの歌恋がヴァーチャルの姿になってまでアイドルに戻るって言ったらファンは大歓喜間違いなしだ。
そんな姿になってまでも『最強のアイドル』を目指し続けるのか―――ってね」
飽きれて―――そして納得してしまう。
「分かった。それやるよ」
「最強の歌恋様ならそう言うと思ってたよ」
曇天の空、冷たい空気。
私の体を力強い風が吹き抜けて行く。