電話越しに聞こえる重低音は車が走っている音だろう。
彼がどこにいるのか知らないが明日の朝まで仕事と言っていた。しかしそんな状態でも彼は私の悩みを真剣に聞いてくれたことがたまらなく嬉しい。
私は学生時代から声優に憧れ、23歳になり社会人になった今でも声を仕事にする活動が出来ないかと仕事の合間に創作活動を行うような人間だ。
そんな私は本日の正午頃、会社で上司に怒られた。
また失敗をバカにされただけでなく、糞だのノロマだの言われ、それに全く関係のない声優の活動の事さえバカにされた。
特に最後の事が一番身に染みた。
声優業界は激戦区だ。
活躍している人は10代からジャンジャン活躍し、現在23で未だ大した実績のない私が一般的に言われる大成功を収められるわけがない。
そんな事は薄々感づいている。だがそれをバカにされるのだけは耐えられなかった。
仕事のミスを責められるのは仕方がない。ノロマだと言われるのは諦めている。
だが全く関係もない奴に自分の夢を。自分の在り方を否定されたのだけは本当に耐えられず、その場から逃げた。
会社から電話がかかってきたがスマホの電源を切り無視して、家に着くや否や布団に大分して泣いた。
泣いて、泣いて、泣きはらし、落ち着き始めた今もまだ涙が止まらず、たまらず彼氏に電話をかけた。
出張に出ていたはずの彼は最初かなり驚いたようだがそれでも私の話をしっかり聞いてくれている。
かれこれ1時間近く経っただろう。
涙も消え、痛みも治まった。
心の傷は消えちゃいないがそれでもかなり落ち着いた。
「ごめん、エイジ」
『気にしないで。
レナが謝る事じゃない。
それにこういう時の為の俺だろ』
「うん…」
嬉しい…。が、うじうじしてもいられない。
いい加減電話するのも迷惑だろう。
そう思って話を終わらせようとした時『ところで』と、エイジが聞いてきた。
『今後はどうする?
そんな事が合ったら職場にもいずらいだろ』
「…」
『レナずっと上司と折り合いが悪かっただろ』
「…ごめん、今は考えられないや」
『…あぁ、ごめん。僕こそ気が回らなかったね。
レナ、仕事の事は考えなくていいから。
直ぐそっちに帰るから今はゆっくり休んで』
「うん。
ありがとう、エイジ」
『どういたしまして』
私は電話を受話器に戻して床へとへたり込む。
壁に背中を預けようとすればそのままフローリングの床に体が横たわった。
彼のお陰でお金のことは考えずに済みそうだけれど心の傷は驚くほど酷い。
何かしようとと言う気すらわかず、重くなる瞼―――「レナ!」
「エイジ?」
目を開ければ彼が私のすぐ近くにいた。
「床に寝てどうしたんだよ」
「何でエイジがここに?」
彼の話が今一頭に入ってこなかったが彼がいた事に驚いて目が覚める。
「レナが心配で高速道路を飛ばして帰って来たんだよ」
「遠くにいたんじゃないの?」
「そうだけどそれよりレナが心配だからさっさと帰って来たんだよ。
でもまさか床に寝てるとは思わなかったよ」
横目に時計を確認すれば時刻は夜中の4時半。
彼がどこにいたのかは知らないが恐らく夜通しで返ってきてくれたのだろう。
どれだけ離れていても私の為に駆け付けてくれた彼の優しさに私は思わず泣いて抱き着いてしまった。