その後クレイドとユイは、雑貨屋に立ち寄り、三日分の食料と寝袋、それに火をつけるためのマッチ等を買い込んで、街を出た。
ここからは森になるので暫くは景色の変化もない。しかも大木が多く、日も差さないので鬱蒼とした雰囲気はそのままクレイドのメンタルを直撃する。
「ユイ、面白い話しろ」
「突然の無茶振り」
「黙って歩いててもつまらんだろう」
「……僕、葬送士ってもっと物静かで知的な人だと思ってました。すいません」
「お前、そこで謝るのは余計に申し訳ないと思わないのか。葬送士にも色々いるんだよ」
「あー」
ユイは旅が始まった途端、最初の遜った様子が、じわじわと失礼なものに変化している。
これは詐欺だ、とクレイドは苛々とユイを責め始めた。
「そもそもどうして私がこんな不便な生活を強いられないといけないんだ。風呂も入れないし」
「風呂なら宿にあると思いますよ」
「だが、湯を張った桶はないだろう?」
「それはすみません。でもより良い風呂生活を求めて旅を決めたのはクレイドですよ」
「……」
口のへらない奴だな。
「まだまだ旅は長いんですから仲良くしましょうよ。ね?セルヴィス?」
「……うあ」
「ほら!セルヴィスもああ言ってる事ですし」
「……もういい。それより教えろ。魔王が討伐されたのならこの国は人間の王が統治するようになったのか?」
「……今の所は」
「今の所は?もしかしてもう次の魔王が?」
「……それは多分、まだじゃないかと思います」
「どうして分かる」
「以前の魔王が討伐された時……セルヴィスが勇者として討ち取ったんですが」
「ああ」
「でもその後、セルヴィスが魔王になったんです。そう考えると、魔王を殺した者が次の魔王になるのではと思います」
「なるほど。じゃあ、お前があのままセルヴィスを討ち取ってたらお前が魔王になってたって事か?」
「その可能性はあります」
「うん……?もしかしてお前!」
「あ、バレました?」
クレイドは頭を抱える。
ユイがセルヴィスを大切に思っている事は事実だろう。だが、それ以上に自分が魔王になりたくなかったから自分のところに来たんじゃないか。
「いや、お前本当に勇者にしておくのは惜しいよ。参謀にも役者にもなれる」
「ありがとうございます。でもセルヴィスは本当に憧れの人です。魔王として死なせたくないんです」
「……そうか」
三人は黙って森を進む。
クレイドは大変なことを聞いてしまったと後悔しきりだ。
「……ちなみに討伐した勇者が魔王になるという話は……」
「勿論誰も知りません。パーティのメンバーも。とどめを刺そうとした時に、魔王がセルヴィスだと分かって、煙幕を張って彼を連れて逃げました」
「じゃあ、そいつらはお前を探してるだろ。それに味方じゃないのかよ」
「魔法使いピタヤ、僧侶アマンダ、戦士レオン。この三人は突然僕の街に現れた赤の他人です。そして何の取り柄もない平凡な僕を勇者の素質があると言って仲間にしたんですよ」
「それで勇者になれるもんか?」
「まあ実際彼らとの訓練をこなすうちに強くなったんですよね。僕の努力もありましたが、あの時は何故か自分がこの国を守らなくてはという熱い気持ちになってしまって」
「……お前が熱い気持ちに?」
「はい。でも実際に五年でただの村の子供が勇者になったんですよ」
「たった五年でか。それはすごいな」
熱い気持ちとは真逆そうな、小柄な少年がたった五年で勇者に……。クレイドは改めてユイを見た。
髪は暖かそうな濃い小麦色で、目は知性を感じさせる琥珀色。首も腕もやたらと細く、遠目には少女のように見えるその体で、どうやって戦ったのか見当もつかない。
「弱そうに見えると思ってるでしょう?」
「そうだな」
「敵が油断するんです」
「ああ、なるほど」
「泣き真似でもして近寄ったら両目を一撃」
「それは勇者の戦い方じゃないな」
「正解なんてないんですよ」
クレイドは不敵に笑うユイを見て、パーティの連中はこいつをどう鍛えたのかと疑問を持つ。だが、魔王は卑怯だけで戦える相手ではない。それなりの苦労はしたんだろうなと勝手に納得した。
「……うあ」
「……ん?どうした?……ちょっと待て。アンデッドの足首がもげかけてる。気の根っこにでもぶつけたか?」
「アンデッドじゃありません。セルヴィスです」
ユイの言葉を聞き流して、クレイドはセルヴィスを草の上に座らせた。そして手のひらに魔力を溜めて足首を補修する。
「よし歩けるか?」
セルヴィスは立ち上がり足を一歩踏み出した。そして満足そうに「うあ」と返事をする。
それを見ていたユイは、「クレイドがいなければここで自分の旅は終わっていた」と、改めて自分の先見の明を自画自賛した。