「誰だ!お前らは!」
「……歓迎ムードじゃなさそうですね。仕方ない」
ユイがポケットから目薬を取り出して、構えた。
……え?泣き真似の準備?いや、そこは剣であれよ。
「結構な人数ですよ。ひとまず僕はあの端の男のところへ……」
「待て待て。一人くらい目潰しをしてもキリがない。お前はセラヴィスと一緒に岩陰に隠れてろ」
「OKです!」
いい返事だ!そんなに戦いが嫌いなら勇者の称号は今すぐ捨てて欲しい!
魔族達はジリジリと間合いを詰めてくる。一斉に飛びかかってくるのも時間の問題だ。
数にして約二十人ほど。これはまとめて片をつけないと厄介な事になる。
「……魔物ども、来るなら来てみろ」
クレイドは黒衣の裾を払って前へ出た。そして片手を掲げ、指先で空に印を描く。音もなく、淡く青白い魔法陣が空中に広がった。
「——我が言霊にて終幕を降ろせ
黒き帳よ、迷いし魂を包め
『終刻の葬』!」
魔法陣から光が走り、地に刻まれた紋様が魔族たちの足元を囲む。
「っ……!」
「身体が……動かん……!」
一人、また一人とその場に崩れ落ちる。死にはしないが、もう動くことは出来ない。
「……命は取らない。私は葬送士だからな」
だが——岩陰から新たに一人の男が飛び出し、クレイドの死角から背後に周って鉈を振り上げた。
「クレイド!後ろ!」
ユイが叫びながら短剣を投げた。それは魔族の足を貫き、屈強な体に蹈鞴を踏ませる。
「——薄き霧となりて目を塞げ
彼らを夢へと導け
『静寂の楔』!」
爆ぜるような光が全ての敵を包み、魔力が彼らの意識を眠りに誘う。数息の後、全員が地に倒れ、意識を失った。
「凄いですね!便利な技です」
「魔法な?便利とか言うんじゃない」
「それより、ひとまずここから出ないといけないですね」
「ああ、もう気は済んだか?セルヴィス」
「……うあうあう……」
何かを言いたげに必死で手を動かすが、また言葉が元に戻ってしまった。
……流石に回復が早すぎると思ったんだ。とりあえずユイとセルヴィスをここから連れ出さなくては。
「誰だ?お前らは……」
その時、霧の奥から男が現れた。黒銀の双角を持つ堂々たるその姿。明らかに別格の力を持った魔物だ。
男はクレイドたちの前で立ち止まり、その惨状に息を飲む。
「勝手に我らの住処に忍び込み、罪もない相手にこんな事を……何故だ」
「うっ……」
……言われてみれば確かにそうだ。
『魔物は倒すもの』それは人間が持っている当然の考えだった。
けれどこの男の言うことは正論だ。
「安心してください。一人も殺していません。勝手に入ったのは謝りますが、襲い掛かられたんですから正当防衛です」
「……だが、勝手に我らの住処に……」
「それはさっき謝りました。言葉が話せるなら意思疎通を図るべきではないですか?そんなんだから魔物はとか言われるんですよ」
「ぐう……」
……こいつの屁理屈凄い。
クレイドは口さえ挟めず、二人のやり取りを見守る。
「そんなわけで僕たちは失礼します」
「……待て、お前見たことあるな?」
「えっ」
魔物はユイの顔をしげしげと眺め、首を捻った。
「よくある顔ですから。じゃあこれで」
「あっ!!お前、魔王様を倒しに来た勇者じゃないか!!よくも魔王様を!」
「……油断した魔王が悪いんです」
「何てことを!魔王様はお前が女だから情けをかけただけだろうが!」
……は?
……女?誰が?ユイ?
思いもよらぬ魔物の言葉にクレイドは驚愕した。
「男とか女とか関係あります?そもそも僕は自分が女だなんて一言も言ってません」
「じゃあ男なのか?」
「そんなことあなたに言う必要ありますか?僕は僕です。干渉しないでください」
「……う」
反抗期の子供に対峙しているような魔物の姿に、クレイドは少し魔族に対する自分の偏見を改めた。そもそも普通はこんな風に話をするほど身近にいない相手なのだ。