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第10話 僕は僕です!

「誰だ!お前らは!」


「……歓迎ムードじゃなさそうですね。仕方ない」


ユイがポケットから目薬を取り出して、構えた。


……え?泣き真似の準備?いや、そこは剣であれよ。


「結構な人数ですよ。ひとまず僕はあの端の男のところへ……」


「待て待て。一人くらい目潰しをしてもキリがない。お前はセラヴィスと一緒に岩陰に隠れてろ」


「OKです!」


いい返事だ!そんなに戦いが嫌いなら勇者の称号は今すぐ捨てて欲しい!


魔族達はジリジリと間合いを詰めてくる。一斉に飛びかかってくるのも時間の問題だ。

数にして約二十人ほど。これはまとめて片をつけないと厄介な事になる。


「……魔物ども、来るなら来てみろ」


クレイドは黒衣の裾を払って前へ出た。そして片手を掲げ、指先で空に印を描く。音もなく、淡く青白い魔法陣が空中に広がった。


「——我が言霊にて終幕を降ろせ

 黒き帳よ、迷いし魂を包め

 『終刻の葬』!」


魔法陣から光が走り、地に刻まれた紋様が魔族たちの足元を囲む。


「っ……!」


「身体が……動かん……!」


一人、また一人とその場に崩れ落ちる。死にはしないが、もう動くことは出来ない。


「……命は取らない。私は葬送士だからな」


だが——岩陰から新たに一人の男が飛び出し、クレイドの死角から背後に周って鉈を振り上げた。


「クレイド!後ろ!」


ユイが叫びながら短剣を投げた。それは魔族の足を貫き、屈強な体に蹈鞴を踏ませる。


「——薄き霧となりて目を塞げ

 彼らを夢へと導け

 『静寂の楔』!」


爆ぜるような光が全ての敵を包み、魔力が彼らの意識を眠りに誘う。数息の後、全員が地に倒れ、意識を失った。


「凄いですね!便利な技です」


「魔法な?便利とか言うんじゃない」


「それより、ひとまずここから出ないといけないですね」


「ああ、もう気は済んだか?セルヴィス」


「……うあうあう……」


何かを言いたげに必死で手を動かすが、また言葉が元に戻ってしまった。


……流石に回復が早すぎると思ったんだ。とりあえずユイとセルヴィスをここから連れ出さなくては。




「誰だ?お前らは……」


その時、霧の奥から男が現れた。黒銀の双角を持つ堂々たるその姿。明らかに別格の力を持った魔物だ。

男はクレイドたちの前で立ち止まり、その惨状に息を飲む。


「勝手に我らの住処に忍び込み、罪もない相手にこんな事を……何故だ」


「うっ……」


……言われてみれば確かにそうだ。

『魔物は倒すもの』それは人間が持っている当然の考えだった。

けれどこの男の言うことは正論だ。


「安心してください。一人も殺していません。勝手に入ったのは謝りますが、襲い掛かられたんですから正当防衛です」


「……だが、勝手に我らの住処に……」


「それはさっき謝りました。言葉が話せるなら意思疎通を図るべきではないですか?そんなんだから魔物はとか言われるんですよ」


「ぐう……」


……こいつの屁理屈凄い。

クレイドは口さえ挟めず、二人のやり取りを見守る。


「そんなわけで僕たちは失礼します」


「……待て、お前見たことあるな?」


「えっ」


魔物はユイの顔をしげしげと眺め、首を捻った。


「よくある顔ですから。じゃあこれで」


「あっ!!お前、魔王様を倒しに来た勇者じゃないか!!よくも魔王様を!」


「……油断した魔王が悪いんです」


「何てことを!魔王様はお前が女だから情けをかけただけだろうが!」



……は?

……女?誰が?ユイ?

思いもよらぬ魔物の言葉にクレイドは驚愕した。


「男とか女とか関係あります?そもそも僕は自分が女だなんて一言も言ってません」


「じゃあ男なのか?」


「そんなことあなたに言う必要ありますか?僕は僕です。干渉しないでください」


「……う」


反抗期の子供に対峙しているような魔物の姿に、クレイドは少し魔族に対する自分の偏見を改めた。そもそも普通はこんな風に話をするほど身近にいない相手なのだ。

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