猫の村を出て半日。
次に辿り着いたのは、地図にも載っていない集落だった。
「……こんなところに村が……?」
ユイは何度も地図と目の前の風景を見比べ、首をかしげている。
「ちょうどいい。そろそろセルヴィスに水を飲ませる時間だ」
「怪しいから迂回しようかと思ってたんですけど……。じゃあ、行ってみましょうか」
霞に包まれ、建物の輪郭も朧げな村。その幾重にも重なる霧の幕をくぐると、風化しかけた人型の彫像がいくつも立つ入り口が現れた。
(……どの像にもツノがある。人型だが、人間ではないのか?)
「なんか匂います」
ユイが鼻をひくつかせる。確かに、焚き火の煙に香のような匂いが混じっていた。
「クレイド、どうします? このまま進みますか?」
問いかけに、クレイドは無言で一歩前に出た。
「嫌な気配がする。ユイ、セルヴィスを頼む」
「はい」
ユイは言われた通り、セルヴィスの腕を引いて安全な場所へ連れて行こうとする……が、セルヴィスは地面に縫い付けられたようにその場を動かなかった。
「ちょっと! セルヴィス! 危ないから、動いて!」
「……この……におい……」
セルヴィスは近くの洞窟を見つめていた。どうやら匂いの元はそこからのようだ。
……いや、それよりも——
「クレイド! セルヴィスが喋った!!」
確かに、今の言葉には“感情”があった。
「すごいな、セルヴィス。大人になったな」
「ちょっとクレイド! セルヴィスをバカにするのやめてください! やればできる子なんですから!」
(バカにしてるのはどっちなんだ)
クレイドはとりあえず洞窟の中を覗き込む。中は真っ暗で何も見えなかったが、たしかに奇妙な匂いが漂っていた。
「セルヴィスが気になるみたいだ。入ってみるか」
「そうですね」
クレイドに続き、ユイとセルヴィスも岩の裂け目から洞窟へ足を踏み入れた。
中は思ったよりも広く、しばらく進むと、壁の岩肌に古い文字がびっしりと刻まれているのが見えた。さらに進むと、天井の隙間からわずかに陽が差し込む開けた場所に出た。
「道が二つに分かれてます」
「そうだな。どっちに行こうか」
「……こっち……」
セルヴィスはそう呟くと、辿々しい口調とは裏腹に、しっかりとした足取りで右の道を選んだ。
「……セルヴィス、ここに来たことがあるんですかね」
「さあな。まだそこまで会話できそうにないが、後で聞いてみるか」
「そうしましょう。……ところで、燻製の匂いを嗅いだら食べたくなってきました。村を抜けたら、野営して作りません?」
「燻製にするなら、肉がいるだろ。狩るのか?」
「クレイドが魔法でちゃちゃっとやってください」
「おいおい、勇者様が何言ってる。狩りはお前の仕事だろ」
「勇者の本職は魔物退治ですから」
(それを言うなら、俺の本職は葬送士だが?)
だが、わざわざ言うのも面倒だった。クレイドは無言のまま、セルヴィスの背中を追って歩き続ける。
この先も、こうやって都合よく使われるのかもしれない。
……だが、クレイドは自分が思ったよりもそれを嫌がっていないことに気づいていた。
「……先が明るいですね」
「ああ、外と繋がっているのかもしれないな」
「じゃあ、出られるんですかね。良かった……」
「……ここ」
「え? どうしたの、セルヴィス?」
どうやらトンネルの出口に着いたようだ。
セルヴィスが振り返り、ある一点を指さしている。
彼に追いつき、その指の先を見ると——
そこには、大勢の魔族と思わしき男たちが、無言でこちらを見据えていた。