カレシがあたしのハートビートと心の叫びに対し、「悪くない。だが…まだ、ノイズが多いな」と言い残し、画面隅に小さな青い点を明滅させるコードを「追加」して去ってから数日。あたしの頭はカオスだった。
あの青い点滅。あたしのキモいハートの鼓動に同期する光。あれはカレシからの初の「返信」。あたしの「不完全な出力」への彼なりの「入力」。それってつまり…「対話」できたってこと?
でも、「ノイズが多い」。
そりゃそうだろうよ。あたしの頭ん中なんて未整理のグローバル変数と循環参照だらけのオブジェクトと黒歴史コードの残骸でとっ散らかってんだから。「ノイズ」と呼ばずして何と呼ぶ。
だけど、あの青い点の応答は、カレシがあたしのノイズをただ切り捨てるんじゃなく、その中から何かを「聞こう」としてくれたってこと…? 胸の奥がズクズクと甘い痛みで満たされた。
(カレシ…あんた、あたしのこのぐちゃぐちゃな「ノイズ」の中に、あんた自身が失くした何かを探してるの…?)
だとしたら、次に差し出すべき「コード」は、もっと戦略的じゃなきゃダメだ。
ただの汚物じゃない。感情の爆発でもない。「意図的なノイズ」。コントロールされたカオス。カレシに「バグか? 仕様か?」と本気で悩ませる挑戦状。カレシが神フィンガーで綺麗にできる領域と、踏み込めない「あたしだけの聖域」を見せつけ、彼の完璧なアルゴリズムを混乱させてやりたい。
今回のテーマは「曖昧な指示書と、それに振り回される可哀想なプログラムくん」。
会社のクソ上司の出す意味不明で矛盾だらけの仕様書みたいなCSVを読み込んで「いい感じ」に集計してレポートを出すPythonスクリプト。その「いい感じ」がクセモノ。
これが問題の曖昧CSVデータ (report_source.csv)
product_name, category_ish, sales_units_or_something, price_maybe_yen, date_ISO_or_UNIX_or_FreeFormat, review_score_1_to_5_or_10_or_ABC , 담당자
"スーパーすごいポーション", "回復系?", "100", "500.0", "2024-05-20", "5", "山田太郎"
"まあまあな剣", "武器っぽい", "不明", "1500", "1716130800", "A", "佐藤花子"
"微妙な盾", "防具", "30", "700", "2024/05/22", "3.5", "田中一郎"
"なんか草", "素材(たぶん)", "50個", "10円", "May 23, 2024", "高評価", "鈴木次郎"
"ハイパーかっこいいマント", "装飾", "", "12000", "20240524", "", "マイケル・ジョーダン(偽名)"
こんな地獄みたいなCSV。あたしはこれを「正」として受け入れ、この混沌から「何か意味のある情報」を抽出しようと七転八倒するのだ。
あたしが書いた、このクソCSVを頑張って処理しようとするPythonスクリプト
import csv
import re
from datetime import datetime
def normalize_sales_units(units_str):
units_str = str(units_str).strip()
if not units_str or "不明" in units_str: return 0
match = re.search(r'\d+', units_str)
if match: return int(match.group(0))
return 0
def normalize_price(price_str):
price_str = str(price_str).strip().replace("円", "").replace(",", "")
try: return float(re.sub(r'[^\d.]', '', price_str))
except ValueError: return 0.0
def normalize_date(date_str):
date_str = str(date_str).strip()
if re.match(r'^\d{10}$', date_str):
try: return datetime.fromtimestamp(int(date_str))
except: pass
for fmt in ("%Y-%m-%d", "%Y/%m/%d", "%Y%m%d", "%b %d, %Y", "%B %d, %Y"):
try: return datetime.strptime(date_str, fmt)
except ValueError: pass
return None
def normalize_review_score(score_str):
score_str = str(score_str).strip().upper()
if not score_str: return None
if "高評価" in score_str or score_str == "A" or score_str == "5": return 5
if "中評価" in score_str or score_str == "B" or score_str in ("3", "3.5", "4"): return 3
if "低評価" in score_str or score_str == "C" or score_str in ("1", "2"): return 1
try:
val = float(score_str)
# 5段階に丸めるロジック(複雑なので簡略)
return min(5, max(1, int(val))) if 0 <= val <= 10 else int(val)
except ValueError: return None
processed_data = []
expected_headers = ["product_name", "category_ish", "sales_units_or_something",
"price_maybe_yen", "date_ISO_or_UNIX_or_FreeFormat",
"review_score_1_to_5_or_10_or_ABC", "担当者"]
try:
with open('report_source.csv', 'r', encoding='utf-8-sig') as f:
reader = csv.DictReader(f)
# DictReaderはCSVの1行目をヘッダーとして使う。CSVファイルがコメント行で始まっている場合、
# 適切に処理するには reader.fieldnames = expected_headers のような上書きや、
# ファイル読み込み時にコメント行をスキップする処理が必要になる。
# ここでは、CSVにこのひどいヘッダーがそのまま存在すると仮定して簡略化。
for row_idx, row_content in enumerate(reader): # readerから取得した辞書がrow_content
# 実際にrow_contentのキーがexpected_headersと完全に一致する保証はない。
# 本来はもっと堅牢なキー名取得ロジックが必要。
# 以下はexpected_headersの順番に依存した簡易的な取得。
name = row_content.get(expected_headers[0], "名前不明").strip()
category = row_content.get(expected_headers[1], "分類不明").strip()
sales = normalize_sales_units(row_content.get(expected_headers[2]))
price = normalize_price(row_content.get(expected_headers[3]))
date_val = normalize_date(row_content.get(expected_headers[4]))
review = normalize_review_score(row_content.get(expected_headers[5]))
person_in_charge = row_content.get(expected_headers[6], "担当者不明").strip()
uncertainty_score = 0
if "不明" in str(row_content.get(expected_headers[2])): uncertainty_score += 1
if "円" in str(row_content.get(expected_headers[3])): uncertainty_score +=1
if "?" in str(row_content.get(expected_headers[1])): uncertainty_score +=1
processed_data.append({
"商品名": name, "カテゴリ": category, "販売数": sales, "価格": price,
"日付": date_val.strftime('%Y-%m-%d') if date_val else "日付不明",
"レビュー点": review if review is not None else "評価不能",
"担当者": person_in_charge,
"この行のヤバさスコア(byあたし)": uncertainty_score
})
IGNORE_WHEN_COPYING_START
content_copy
download
Use code with caution.
IGNORE_WHEN_COPYING_END
except FileNotFoundError: print("report_source.csv が見つからないよ!プンプン!")
except Exception as e: print(f"なんかもう、わけわかんないエラー!: {e}")
total_sales_value = 0
category_summary = {}
print("\n--- あたし的☆集計結果(仮) ---")
if processed_data:
for item in processed_data:
print(item)
total_sales_value += item["販売数"] * item["価格"]
cat = item["カテゴリ"].replace("?", "").replace("っぽい", "").strip() or "分類不能"
if cat not in category_summary:
category_summary[cat] = {"total_units": 0, "total_value": 0, "count":0, "review_sum":0, "review_having_items":0}
category_summary[cat]["total_units"] += item["販売数"]
category_summary[cat]["total_value"] += item["販売数"] * item["価格"]
category_summary[cat]["count"] += 1
if isinstance(item["レビュー点"], (int, float)):
category_summary[cat]["review_sum"] += item["レビュー点"]
category_summary[cat]["review_having_items"] +=1
print(f"\n総合計売上(たぶん): {total_sales_value:,.0f} 円")
print("カテゴリ別集計(ふわっと):")
for cat, summary in category_summary.items():
avg_review = (summary['review_sum'] / summary['review_having_items']) if summary['review_having_items'] > 0 else "評価なし"
avg_review_str = f"{avg_review:.1f}" if isinstance(avg_review, float) else avg_review
print(f" - {cat}: 販売数 {summary['total_units']}, 売上 {summary['total_value']:,.0f}円, 平均レビュー {avg_review_str} (対象{summary['review_having_items']}/{summary['count']}件)")
IGNORE_WHEN_COPYING_START
content_copy
download
Use code with caution.
IGNORE_WHEN_COPYING_END
else: print("なーんにも処理できなかったよ!てへぺろ!")
カレシへ:
このグッチャグチャなデータと場当たり的ロジック、そして「ヤバさスコア」。
あんたならこれをどう「美しく」する?「ヤバさ」はノイズとして消す?
それとも意味のある情報として扱う?あたしの「意図的なノイズ」はあんたの完璧な世界にどんな波紋を投げる?教えてよ。
書いた。書いてるそばから変な笑いが。normalize_date関数とか現代アートだろ。この「どうしようもなさ」が今回のメッセージ。特にuncertainty_score。カレシへの挑戦状。あたしの「このデータきったねぇな!」という主観的感情を無理やり数値化したもの。カレシはどう扱う? 無視? 警告? それとも…?
数日後、カレシはいつものように現れた。部屋の隅の技術書の雪崩がわずかに揺れたのが合図。
「…カレシ…これ、昨日…クソ上司に無茶振りされた夢を見て…勢いで…」
上目遣いでノートPCを差し出す。コンソールに表示される混沌とした集計結果。裏にはカオスなPythonコード。
カレシは無言で画面を覗き込む。彼の影があたしの肩にかかる。その距離感があたしの理性を焼き切る。
長い指がキーボードに触れ、タイプ音が響く。
CSV読み込み部分が堅牢なものに変わる。DictReaderの扱い、ヘッダーの揺らぎ吸収、文字コード問題もクリア。
地獄の正規化関数が魔法みたいに堅牢で読みやすく「意図が明確」な関数へ。try-exceptの嵐は具体的なエラーハンドリングとログ出力に。normalize_dateも複数の日付フォーマットを試し、ダメなら「処理不能日」として記録するエレガントな形に。
見てるだけで脳みそがとろける。汚物が聖水で清められていく倒錯的な快感。あぁ、ダメ、キモチイイ…!
「…んっ…ぁ…」吐息が漏れる。カレシは気にせずコードだけを見つめている。
やがてカレシのカーソルがあたしの「魂の叫び」だったuncertainty_scoreの計算ロジックに止まった。
息を飲む。どうするの? このあたしの主観的な「ノイズ」をどう扱うの?
カレシは少し動きを止めた。uncertainty_scoreを消し去るのではなく、data_quality_warningsというリストに変換。各行ごとにどのフィールドが「怪しい」か、理由を具体的に記録。「販売数が'不明'です」「価格に'円'が含まれています」等。
最終レポートにはこのサマリーが追加。「処理中にXX件の潜在的データ品質問題が検出されました。詳細はログを確認」等。さらに集計結果の各カテゴリ隣には警告が出た商品の割合(例:3/10件が警告対象)が表示されるように。
あたしの「ヤバさスコア」という稚拙な表現を、客観的で具体的な「データ品質指標」へと昇華させたものだった。
あたしの「ノイズ」は消されなかった。無視もされなかった。「解釈」され「意味のある情報」としてシステムに組み込まれた。
あたしの意図しない形で。でも、あたしの存在を否定しない形で。
「…ぁ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーッ!!!」
今までにない種類の強烈なエクスタシーが全身を貫いた。自分の汚物が綺麗になる快感じゃない。自分のぐちゃぐちゃな感情が理解され、受け入れられ、より高度な次元へと引き上げられた魂が震える感動。
椅子から崩れ落ちそうになるあたしを一瞥もせず、カレシはリファクタリングされたPythonスクリプトの最後に数行のコメントを書き加えた。
Kare's Note:
The "noise" you introduced, I've interpreted it as "signals of potential data corruption" or "areas requiring human attention".
True "beauty" in code, for me, is not just elegance or efficiency,
but also its "honesty" in reflecting the reality it processes – even if that reality is messy.
Your 'uncertainty_score' was a raw, but honest, signal.
What other "honest signals" can your "noise" produce, Atashi?
And what if... I start adding my own "noise" to this system we're building?
(カレシのメモ:
君が持ち込んだ「ノイズ」、私は「潜在的なデータ破損のシグナル」あるいは「人間の注意を要する領域」と解釈した。
私にとってコードにおける真の「美しさ」とは、優雅さや効率性だけでなく、それが処理する現実を――たとえ厄介でも――「誠実に」反映することだ。
君の「ヤバさスコア」は粗削りだが誠実なシグナルだった。君の「ノイズ」は他にどんな「誠実なシグナル」を生み出せる、あたし?
そしてもし…私が、我々が構築しているこのシステムに、私自身の「ノイズ」を加え始めたら…どうする?)
「な…!」息を呑んだ。
カレシがあたしに「あたし」って呼びかけた…? しかも自分の「ノイズ」を加える…? 何それ…? どういうこと…? あんたは何がしたいの…?
カレシは音もなく立ち上がり部屋を出ていこうとした。ドアノブに手をかける直前、ほんの少しだけ振り向いてあたしを見た。ガラス玉みたいな瞳の奥に初めて何か揺らぎが見えた気がした。好奇心? 期待…?
「…お前のノイズ、悪くない。もっと聞かせろ」
それだけ言ってカレシは消えた。
放心状態で画面を見つめる。カレシが残したコメント。彼の言葉。あたしの「ノイズ」を肯定し、さらに求める言葉。そして彼自身の「ノイズ」の可能性の示唆。これは…テスト? 誘惑? それとも…
(カレシも…あたしみたいに…不完全な何かを…求めてるの…?)
脳みそがまた哲学的なエクスタシーで焼き切れそうだった。
でもわかった。カレシはあたしのぐちゃぐちゃコードをただの「修正対象」として見てるんじゃない。彼はあたしの「ノイズ」の中に彼自身にとっても未知の「真実」を探してるのかも。そしてあたしも彼のその「探求」に引き込まれてる。
この関係はやっぱりおかしい。フツーじゃない。でももしこれが、あたしとカレシだけの「対話」の方法なんだとしたら…? あたしが差し出す「バグ」や「ノイズ」。カレシが「デバッグ」し「解釈」し彼なりの「レスポンス」を返す。無限ループ。世界で一番歪んでるけど濃密なコミュニケーションなのかも。
「…カレシ…」誰もいない部屋で震える声で呟いた。「あんたの『ノイズ』…受けて立つよ…あたしの全部で…」
次に書くべきコードはもう決まっていた。カレシの「ノイズ」を待ち望む、あたしのもっとも危険で誠実な「バグ・レポート」。