動物好きだけど、アパート暮らしだからペットを飼いたくても飼えない。
そんな人はいっぱいいるだろう。
俺もその1人だった。
俺の名前は
派遣会社に登録しているフリーアルバイターだ。
収入は少ないけれど、贅沢しなければそれなりに生きていける。
家賃の安さだけが自慢のボロアパート暮らしにも、特に不満は無い。
そんな俺の生活が大きく変わるきっかけは、とある公園に棄てられた猫の母子との出会いだった。
(ん? なんだ? 不法投棄か?)
仕事帰りに通った、真夜中の公園。
昼間は子供たちの声が響く場所だけど、日没後はシーンと静まり返る。
俺は公演に遊びに来たわけではなく、通り抜けようとしただけ。
その公園は派遣先から自宅への通り道にあり、歩道を通るより早いから俺がいつも通る場所だった。
見慣れたベンチの横に、見慣れぬ段ボール箱が置いてある。
浮浪者の家にしては小さ過ぎる。
朝はそんなものは無かったから、今日置かれたものだろう。
(とりあえず撮影して、公園管理LINEに通報しておくか)
公園にゴミが置き去りにされることはよくある。
ごくまれに、それどうやって持ち込んだんだよ?! ってツッコミたくなる粗大ゴミが置かれていたりする。
去年は確か冷蔵庫で、発見した小学生たちが「死体が入ってるかもって思って怖かった」とか言ってた。
幸いその冷蔵庫の中は空っぽで、どこぞの探偵漫画みたいに事件に繋がることは無かったけどね。
まあ、それはおいといて。
不法投棄物を見つけたら、すぐ行政に通報だ。
絶対に手で触れたりはせず、報告だけしたらOK。
俺は不法投棄物を撮影するため、段ボール箱にスマホを向けた。
「みーみーみーみー」
その直後、箱の中から、何かの生き物らしき声が聞こえる。
どうやら、毒物や死体ではないようだ。
(……ちょっと待て。この箱の中身は……)
俺は恐る恐る近付いて、そ~っと段ボール箱の上部に手を伸ばす。
動物好きの本能だろうか?
俺は箱の中を確認してしまった。
「ぴゃ?」
箱の蓋を開けると違う声がして、中身の1つと目が合う。
そいつは他の4つに比べて大きいが、声の高さはあまり変わらない。
(み、見てはいけないものを見てしまった……)
俺は思わず後退る。
月明かりの下、こちらを見上げるのは、キュルンとした艷やかな双眸の可愛らしい生き物。
「み~」
(だ、駄目だ。魅了されてはいけない……)
可愛くおねだり風に鳴いて、こっち見ないで。
お持ち帰りしたいけれど、アパートはペット禁止なので無理なんだ。
コッソリ飼ってた隣人がいたが、大家に見つかり賃貸契約違反とされ、アパートから追い出されている。
「み?」
(俺は何も見てない。見てないぞ……)
首を傾げる可愛い子を連れ帰りたいのは山々だが。
保護するわけにはいかず、俺は見なかったことにして立ち去ろうとした。
「これ、そこの人間」
いきなり誰かの声がして、俺は飛び上がりそうなくらい驚いた。
キョロキョロと辺りを見回したけれど、公園には人の気配は無い。
(……気のせいかな?)
「無視するでない」
「?!」
段ボール箱に背を向けたとき、また声が聞こえた。
ギクッとして辺りを見回していると、更に声が聞こえてくる。
「うむ、聞こえておるな? そなたにしよう。そこの人間、この母子を拾え」
謎の声は、とんでもないことを命じてきた。
「この母子」っていうのは、段ボール箱の中でみーみー鳴いてる集団のことか?
「えっ?! 無理。うちのアパートはペット禁止だよ」
俺は慌てて断った。
こんなの連れ帰ったら、大家に追い出されちゃうよ。
好きとか可愛いとかだけで、ペットは飼えない。
路頭に迷う飼い主に拾われたら、この母子は不幸になってしまう。
「自宅がペット禁止だと? なら、ペット可物件をくれてやろう」
「へ?!」
謎の声がまたとんでもないことを言うので、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
ペット可物件をくれる?
空き物件を紹介する気か?
引っ越せってこと?
お高い家賃なんて払えないぞ。
「では物件を見せてやろう」
「え? ちょっと待っ……」
「行くぞ」
謎の声は、人の話を聞く気が無いらしい。
俺が困惑していると、いきなり足元に光る円と見知らぬ文字が現れた。
所謂、魔法陣というやつだ。
周囲の風景が、グニャリと歪む。
視界がクリアになったときには、風景は全く違うものになっていた。
「……知らない家屋だ」
「なに当たり前のこと言うとる」
思わず呟いたら、背後からツッコミがきた。
振り返って見ると、大きな猫が1匹。
いやこれ猫というにはデカ過ぎない?
座った状態で、身長170cmの俺より頭の位置が高いぞ。
「みーみーみーみー」
「み?」
声に気付いて見れば、巨猫の足元には公園に置かれていた段ボール箱がある。
本気で飼わせる気か?
「この家をそなたに授けよう」
「え……戸建って、家賃いくらするの?」
「借家と一緒にするでない。これは異世界にある我の所有家屋、そなたに譲渡する物件じゃ」
謎の声の主は巨猫だった。
フサフサした毛並みの茶トラ猫。
茶トラはオスが多いというからオスだろうか?
っていうか、猫が家を持ってるの?!
「どうじゃ? これでも飼えぬと申すか? 神としてそなたに命ずる。この家で暮らしながら母子を護り、食べ物を与えよ」
フサフサ巨大茶トラは神様だった。
神様がなぜ庭付き戸建を持ってるんだろう?
不思議に思いつつ、俺は神様から異世界にある家を与えられ、猫の母子と暮らすことになった。