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第1話:神物件

 ペットが飼える物件を提供するから猫を拾えという猫神様。

 どうしてそこまでしてくれるのか、俺には困惑しかなかった。

 連れて来られたその家は、ついさっき建てられたばかりみたいな新しい木材の香りがする。

 建物は中世ファンタジー系のアニメやゲームに出てくるような木と石でできた一軒家で、居間には暖炉がある。

 でも、暖炉の熱源は薪じゃなく、赤い光を放つ大きな石だった。

 アンティークなデザインの机とソファが置かれた居間を、母猫が段ボール箱の中から顔を出して不思議そうに見回していた。


「母子には、この木箱を寝床に与えよう」


 猫神様が片手(前足)で指し示す先には、母猫がゆったりと寝そべっていられる広さの木箱が置いてある。

 しかもその中には、真新しいクッションまで備えられていた。


「これはもう要らぬな」


 俺が猫の母子を木箱に移し替えると、猫神様が呟く。

 途端に、空になった段ボール箱が蒸発するように消滅した。


「……消えた?!」

「このぐらい造作もないことじゃ」


 驚く俺に、涼しい顔で猫神様が言う。

 こんなことができるなんて、やっぱりこの巨大フサフサ茶トラ猫さんは神様なんだなぁ。

 しかし何故こんな新築物件(多分)がタダなんて、いいんだろうか?


「ほんとに家賃いらないんですか?」

「いらん」

「敷金礼金も?」

「いらんいらん」


 猫神様の物件は、敷金礼金無し、家賃も0円。

 派遣の仕事で住み込みバイトをしたことがあるけど、寮費をとるところがほとんどなくらいなのに。

 特に何か仕事をするわけでもないのに、住居を提供してくれる理由が分からない。

 公園で拾った猫を飼うことを条件に、俺は異世界の戸建てを与えられた。


「光熱費の支払いは?」

「そんなもんは請求せんから安心せい」


 光熱費もいらないなんて。

 っていうかこの家、電気は通ってなさそうだ。

 照明器具はランプで、光る石が使われている。

 白熱電球並みの光を放つ石なんて、初めて見たぞ。


「猫たちは居間を居室にしてやるがよい。家の中を案内するゆえ、ついてまいれ」


 アムールトラサイズの長毛茶トラの猫神様が、フサフサの尻尾を揺らしながら家の中を案内してくれた。

 家の中には居間・寝室・キッチン・浴室・トイレの他に、客室や物置小屋もある。

 それらは全て真新しく、今までここに人が住んだことは無いように見えた。


 そして家の中を見て回る間に、もうひとつ分かったことがある。

 キッチンには調理家電に似た物はあるけれど、コンセントの類が無い。


「もしかしてこの家、電気が無い?」

「うむ。そもそもこの世界に電力は普及しておらんな」


 俺が訊くと、猫神様は勿論だというように答える。

 電力の無い世界。

 中世ファンタジー系の創作物と同じか。

 家電に似た物は何を動力源にするんだろう?


「じゃあ、この冷蔵庫っぽいものは、何を動力源にするの?」

「魔石じゃな。そなたの世界では創作界隈でよく知られておろう?」


 なんとなく予想しつつ訊いてみる。

 返ってきた答えは、異世界あるあるの「魔石」だ。

 猫神様が創作界隈を知っているのが謎だけど。

 まあ、神様ならそのくらい知っているものなのかもしれない。

 キッチンにある金属製の冷蔵庫っぽい箱状の物をあちこち眺め回していたら、後部に六角柱の白い石が嵌め込まれているのが見えた。


 一方、キッチン内には普通に水道の蛇口がある。

 蛇口をひねってみると、澄んだ水が流れ出てきた。


「水道はあるんだね」

「地下水が豊富じゃからな。ここの水は猫にも優しい軟水じゃぞ」

「みっ、みっ」


 話していたら背後で何か要求するような可愛い声が聞こえる。

 振り返ってみると、母猫が箱から出て俺たちについてきていた。


「みっ」


 こげ茶・赤茶・ベージュの三色シマシマの毛色が美しい母猫が、宝石みたいな緑の瞳で見つめてくる。

 母猫は俺の足元まで早歩きで来ると、俺を見上げてまた鳴いた。


「水が欲しいようじゃな。そこの食器棚の小鉢を使って水をやってくれ」


 猫神様が言う。

 この物件、新築っぽいのに食器や鍋などの生活用品がひととおり揃ってるぞ。

 入居者が手ぶらで引っ越せるレベルだ。

 俺は木製の食器棚から手頃な小鉢を取り出して、水道から水を汲んで母猫の前に置いてみた。

 母猫はすぐに口をつけて、ピチャピチャ飲み始める。


「その小鉢はそのまま水入れにしてよいぞ」

「じゃあ、居間に置いてあげた方がいいね」


 母猫が水を飲み終えて小鉢から離れると、俺はそれを居間へ運んだ。


「この子たち、いつからあの公園にいたんだろう? 腹も減ってるよね? キャットフード買いに行けるかな?」

「そなたのアパートの荷物を取りに行くついでに、買ってくればよいぞ」


 木箱の中で寝そべって授乳する母猫を眺めて、今後のことを考えつつ話す。

 猫を飼うのは初めてだけど、キャットフードが主食なのは知っている。

 この世界に店があるのか心配したけど、問題無いと猫神様は言う。


「他にも元の世界から持ち込みたい物があれば、持ってくるがよい」

「……って、元の世界に帰れるんだ」

「自宅が異世界になるだけで、普通に元の世界と行き来は可能じゃ」


 よかった。

 行きっぱなしで帰れない異世界転移じゃなくて。


「そなたに空間移動魔法を授けてやろう。交通費がかからず便利じゃろう?」

「魔法?! それ日本でも使えるの?」

「無論使えるぞ。空間移動魔法は古来より【神隠し】と呼ばれて存在しておろう?」


 猫神様は猫を飼わせるためなら至れり尽くせり。

 家賃も光熱費も交通費もかからないなら、薄給のアルバイトでも充分な猫活ができるだろう。


「この子らはまだ生まれたばかりじゃ。乳をたっぷり飲んでスクスク育つよう、母猫に充分な栄養をとらせよ」


 木箱を覗き込み、猫神様が言う。

 人間よりデカイ茶トラフサフサ猫が覗き込んでも、母猫は平然としていた。




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