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第2話:引っ越しは移動魔法で


 移動系の魔法って、異世界系の創作では初期から持つものじゃない気がするけど。

 俺が最初に覚えた魔法は、異世界と現実世界を行き来する移動魔法だった。


「空間移動は今いる場所と行きたい場所を異空間のトンネルで繋げて移動するのじゃ。試しに使ってやるからよく見ておくのじゃぞ」


 巨大フサフサ茶トラ猫が片手(前足?)で空中をサッと撫でるような動作をする。

 詠唱も何も無い、動作だけでその魔法は発動した。

 空間に円形の扉が現れる。

 この向こう側に現実世界があるのだろうか?

 まるで某猫型ロボットが持ってる道具のようだ。


「これが異空間トンネルじゃ」

「その手で引き戸が開けられるのが不思議だけど」

「普通の猫でも、網戸くらいは開けられるぞい」

「えっ、そうなの?」

「うむ。網戸を開けて室内から出るなど、人に飼われたことのない猫でも普通にできるじゃろう」


 猫神様が、モフモフの手で器用に扉を開ける。

 俺が不思議がっていたら、猫神様はもっと予想外なことを教えてくれた。

 猫って網戸を開けられるのか……。


「ほれ、早ぅ中へ入るがよい」


 猫神様に促されて、俺は扉の向こうへ進む。

 その後ろから、猫神様が付いて来てくれた。

 扉の中には、コンクリートの筒みたいなトンネルがあった。


「出口は、さっきの公園の木陰に繋げておいたぞい。トンネルから出るときは、人に見られていないか確認するのを忘れてはいかんぞ」

「OK」


 猫神様のアドバイスに、俺は頷いた。

 巨大フサフサ茶トラ猫に付き添われながら、初めての異空間を歩く。

 っていうか、異空間というよりも、大きな土管の中を通ってる感じだ。

 トンネルの内壁に手で触れてみると、ひんやりしたコンクリートの内壁みたいな感触だった。


「気を付けるのじゃぞ。この外はもうあちらの世界じゃ」

「うん」


 少し歩くと、出口はすぐ見えてきた。

 見覚えのある風景は、俺が猫入り段ボール箱を見つけた公園だ。

 けれど、不用意に飛び出してはいけない。

 誰かに見られたら、怪奇現象と間違われて騒がれるだろうからね。


「まずは左右確認じゃ」

「うん、誰もいないみたい」


 俺は外へ出る前に、土管ぽいトンネルの出口から周囲を見回して、誰もいないことを確認した。

 真夜中の公園に、人の気配は無い。


「出てもいい?」

「うむ」


 猫神様に確認した後、俺はそ~っとトンネルの外に出た。

 元の世界は、俺が異世界転移したときから時間が進んでいないようだ。

 公園の隣にある雑居ビルの電光表示時計は、俺が段ボール箱を見つけた時刻とさほど変わらなかった。


「元の世界へ帰るときは、異世界へ移動した時刻に戻るように設定しておる。逆にこちらから異世界へ行く際も移動時の時間になるゆえ、滞在が長引いても大丈夫じゃ」

「つまりこっちで長時間働いた後、異世界でゆっくり休めるのか」

「そういうことじゃ」


 俺以外に誰もいない公園を、月明かりが照らす。

 猫神様は俺の背後の異空間トンネルの中から話しかけている。

 初めて話しかけられたときも神様はトンネルに隠れていたらしい。


「魔法のイメージは掴めたな? では引っ越し作業を始めるがよい」


 神様はそう言うと、異空間トンネルの扉を閉める。

 扉が閉まった後は、扉そのものも消えた。


(さ~て、引っ越しだ)


 わくわくする気持ちで、俺は住み慣れた自宅へ向かった。



 ◇◆◇◆◇



 2年間暮らしたボロアパート。

 6畳間と狭いキッチンがあるだけの、おひとり様専用部屋。

 今どき風呂が無くてトイレ共同なんて珍しいかもしれない。

 築40年だったかな?

 薄い壁の向こうから聞こえる隣のオッサンの大いびきが煩い。


 まずは断捨離から始めよう。

 俺は途中のコンビニでゴミ袋を買って、その中に要らないものを詰め始めた。

 燃やせるゴミ、燃やさないゴミ、リサイクルゴミ、分別はバッチリだ。

 冷蔵庫やテレビや洗濯機は異世界じゃ使えないから、リサイクルショップに売ろう。


(うん、スッキリした)


 持っていく物と処分する物の仕分けが終わる頃には、もう夜明け。

 腹が減ったのでコンビニへ弁当を買いに行き、それを食べて一休みした後、朝イチでリサイクル業者に電話した。


「〇〇町の来栖といいます。家電の引き取りをお願いできますか?」

「今ちょっと混んでるんですよね~。来週の月曜でもいいですか?」

「じゃあ来週月曜の午前中で」

「分かりました。朝9時頃にお伺いします」


 家電の引き取り日が確定したところで、異世界へ持って行く物の移動開始。

 この部屋から、異世界の新居へ。

 異空間トンネル(土管っぽいやつ)をイメージしたら、意外と簡単に繋がった。


「うむ、できたか。出口の調整もついでに練習するがよかろう」


 トンネルを抜けると、そこは毛皮の海だった。


 ……否。


 猫神様の茶色いフサフサした身体が、出口のすぐ前にある。


「トンネルを手で押して曲げるイメージをするのじゃ」

「……こうかな?」

「いい感じじゃな。そなたは魔法の扱いに向いておるようだ」


 異空間トンネルをゴム管のように押して曲げるイメージをしたらアッサリできてしまった。

 魔法は今まで使ったことがないけど、案外簡単かもしれない。



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