新居で使う物の移動を終えた後。
俺はホームセンターへ、キャットフードを買いに行った。
でも、俺は今まで猫を飼ったことがないから、キャットフードの良し悪しなんか分からない。
どれがいいか迷って、店員さんにオススメを聞いて1袋買って帰った。
「先に教えておけばよかったのぅ」
猫神様が残念そうに言う。
オススメポイントの「多くの猫ちゃんが好んで食べる」というだけでは、良いものとは言えないらしい。
俺はキャットフードの袋を見た猫神様から、ダメ出しを食らってしまった。
「聖夜よ、せっかく買ってきてくれたところスマンが、これは子育て中の母猫にはイマイチなのじゃ」
「えっ? 店員さんのオススメなのに?」
「嗜好性が高く食いつきは良いじゃろう。じゃが、それだけではイカンのじゃ」
「そうなんだ……」
キャットフード選びのポイントは何だろう?
店員さんは猫ちゃん好みの味を推してはいたが、他は特に何も言ってなかったな。
「とりあえず座って、まずはここを見るがよい」
促されてソファに座る俺の隣に、巨大フサフサ茶トラが座る。
猫神様はキャットフードの袋を両手(前足)で器用に持ち、袋の後ろ側に記載された成分表を俺に見せた。
「キャットフードを買うときはな、成分表を見て商品を選ぶのじゃ」
「この成分はイマイチ?」
「うむ」
俺が買ってきたキャットフードの成分表は、こんな感じだ。
【原材料名】
穀類(トウモロコシ、コーングルテンミール、小麦粉、パン粉)
肉類(チキンミール、ポークミール、ビーフミール、チキンエキス)
動物性油脂
魚介類(フィッシュミール、フィッシュエキス、まぐろミール、かつおミール、白身魚ミール)
ビール酵母、酵母エキス
ミネラル類(カルシウム、塩素、コバルト、銅、鉄、ヨウ素、カリウム、マンガン、リン、亜鉛)
アミノ酸類(タウリン、メチオニン)、ビタミン類(A、B1、B2、B6、B12、C、D、E、K、コリン、ナイアシン、パントテン酸、ビオチン、葉酸)
着色料(二酸化チタン、赤色102号、赤色106号、黄色4号、黄色5号)
調味料、酸化防止剤(ミックストコフェロール、ハーブエキス)
「成分表の原材料の並び順はな、多い順に書かれておるのじゃ」
「そうなんだ。今までじっくり見たことなかったよ」
猫神様に、食品成分について教わる俺。
俺は美味けりゃ何でもいい感じの食生活を送っていたので、成分表とか全く気にしてなかったよ。
猫神様が人間の俺より人間が作った物について詳しいのは、さすが神様ってことでいいか?
「原材料名で一番最初に書かれているものは【第一主原料】といって、最も多く使われている物なのじゃ。このキャットフードは【穀類】が一番多いということじゃな」
猫神様は説明しながら、両手で持っているキャットフードの袋に何か力を使ったらしい。
詠唱とか何も無かったけど。
キャットフードの袋が金色の光に包まれて消えたた後、ソファーの前のテーブルに様々な素材の小さな山ができた。
「分解完了じゃ。この粉末が、猫には基本的に必要ない素材じゃな」
猫神様が指し示すのは、テーブルの上に並ぶ素材の中でも、比較的大きめの山だった。
コーンの香りがする黄色い粉と顆粒、小麦粉らしきものと、パン粉らしきもの。
黄色い粉と顆粒は使い道が浮かばないけれど、何かに使えるかな?
「この黄色い粉は時戻しの魔法を使えば……、ほれ、そなたの好きな食べ物になったぞい」
猫神様が黄色い粉と顆粒に片手をかざすと、それらは寄せ集まり、光った後に丸ごと1本のトウモロコシに変わった。
3キロのキャットフードの中に、トウモロコシが1本入っているのかは謎だ。
「トウモロコシ、あとで茹でて食べようかな」
猫神様が俺の好物を知っている件はおいといて。
まるでついさっき畑でもいできたような新鮮なトウモロコシに、俺はちょっとワクワクしてしまった。
「先に使ったのは【分解】、作られたものを製造前に戻す魔法じゃ。後から使ったのは【時戻し】、状態を戻す魔法じゃ。この2つの魔法も、そなたに授けてやろう」
猫神様が使ったのは、【分解】と【時戻し】という魔法らしい。
そこらのホームセンターで買ったキャットフードから、トウモロコシが手に入るとは思わなかった。
小麦粉とパン粉も料理に使えそうだ。
「猫は肉食獣ゆえ、主食は動物性たんぱく質を含む物じゃ。人間と違って穀類は消化しづらく、多量に摂取すると下痢や便秘や消化不良を起こしたりするぞい」
猫神様はテーブルで小さな山を成している素材の中から。肉類や魚介類など猫に必要なものだけをまとめて、小さな粒に変えた。
猫神様が食器棚に向かって招き猫みたいに片方の手(前足)を動かすと、食器棚の扉が開いて小鉢がこちらへ浮遊してくる。
再構成されたキャットフードが、空中を漂って小鉢の中に納まった。
「みっ、みっ」
「腹が減ったと言っておる。これを母猫に食べさせてやるがよい」
猫神様に言われて、俺は空中に浮いている小鉢を手に取り、段ボール箱の中に入れてやった。
母猫がすぐに顔を突っ込んで食べ始める。
カリッカリッと音をたてて、母猫は夢中でキャットフードを貪っていた。