猫神様がくれた異世界の家の中。
俺はキャットフードと一緒に買ってきたものを猫神様に見せてみた。
初めて猫を飼うと言ったら、店員さん張り切っちゃって、いろいろオススメされるままに買ってきた品々。
キャットフードの他に、猫に大人気という液状オヤツ、猫が好んで使うという爪とぎ板、猫を魅了するという円形クッションが敷かれた籠、猫が夢中でじゃれるという羽根のオモチャなどなど。
「オモチャは出しっぱなしにせぬようにな。食べてしまうと腸閉塞を起こす危険がある故、遊んでいるときは必ず傍についておれ」
「猫ってオモチャを食べたりするの? 食べ物の匂いはしないみたいだけど……」
猫神様から聞く話は、今まで猫が身近にいなかった俺には意外なことばかりだ。
俺は新品の羽根のオモチャの匂いを嗅いでみた。
加工された羽根からは、肉や魚の匂いはしない。
「中にはこういう物を獲物と認識して捕食する猫もおるのじゃよ」
「そうなんだ。オモチャを食われないように見守っておくよ」
俺は恐る恐る、木箱の中にいる猫たちの上で羽根のついた棒を振ってみた。
頭上でヒラヒラと羽根が揺れるのを見た途端、仔猫たちが一斉に注目する。
オモチャを右に左に動かすと、みんな揃ってそちらを向くのが可愛い。
羽根が動く先に、4匹の視線は釘付けだ。
「可愛いなぁ~」
「みっ!」
「うぉっ?! ルカが跳んだ?!」
「まあ、そうなるじゃろうなぁ」
ほっこりしながらオモチャを振っていたら、大きいのが跳んできてビックリした。
猫って子供じゃなくてもオモチャで遊ぶのか。
「猫がオモチャにじゃれるのは狩猟本能が刺激されておるからじゃ。大人になってもじゃれることが多いのぅ」
「仔猫たちが踏まれるから、箱の中でじゃらすのはやめておくよ」
猫神様に教えられて、俺はオモチャを片付けた。
また後で箱から猫たちを出して遊ばせよう。
俺は他に買ってきたものを猫神様にチェックしてもらうことにした。
猫神様は液状オヤツの小袋20本入りの大袋をモフモフの両手(前足)で持ち、じっと見つめる。
口の端からヨダレがツーッと垂れたけど、見なかったことにしておこう。
「オヤツはほどほどにするのじゃぞ。特にこれは嗜好性が高く、いくらでも欲しがる故、飼い主が制限してやらねば肥満のもとになるぞい」
「猫たちがでっぷり太らないように気をつけるよ」
ソファーに並んで座って話しながら、ついチラッと猫神様のお腹を見てしまう俺。
なかなか貫禄のある腹だな。
視線に気付いた猫神様が、無表情で目を細めた。
「わ、我の腹は肥満ではないぞ。これはフサフサの毛で大きく見えるだけじゃ」
「う、うん」
必死でごまかしてる感があるが、俺はツッコミを入れるのはやめておいた。
きっとあのお腹には、神様の不思議が詰まっているんだろう。
大人の事情……いや、神様の事情というやつかもしれない。
今はそれよりも、買ってきた物の確認作業だ。
「店員さんが、これも必需品よ~って言うから買ったんだけど、こっちは問題ない?」
話題を変えようとした俺が、引っ越し荷物の横に置いた箱の中から取り出したのは、セット物のトイレ用品。
それはシステムトイレと呼ばれるプラスチック製の猫用トイレ容器とスコップ、専用の砂やシートが入った品だった。
トイレ容器はドー厶状になっていて、清掃がしやすいように大きく開閉できる仕組みだ。
スコップは穴が複数開けてある。
一緒に入っている専用砂は、スコップの穴を通り抜けられるサイズの粒になっていた。
箱に書いてある説明によれば、その穴を砂だけが通り、ウンチはスコップに残る仕組みらしい。
「ふむ。こちらは特に問題ないようじゃ」
猫用トイレを見下ろして呟く、巨大フサフサ茶トラ猫。
猫の姿の神様も、こういうトイレを使うんだろうか?
神様が排泄とかするイメージないけど。
「この粒々は木でできておるな。これならそこらの木で作れるぞい」
「マジっすか」
木から猫砂を生成できるらしい。
消耗品みたいだから、作れるものなら自作した方が安上がりだろう。
「どれ、試しに作ってみるかの。ついでに【生成】の魔法を授けてやろう」
猫神様がくれた4つ目の魔法は、素材から何かを作り出す生産系の魔法だった。
これで俺は【空間移動】【分解】【時戻し】【生成】の魔法が使えるようになる。
「庭へ行こう。ついてまいれ」
「母子はあのまま置いといて平気?」
「うむ。お産で疲れたからゆっくりすると言っておるぞ」
「じゃあ、トイレの設置だけ済ませておくよ」
俺は新品のシステムトイレを説明書を見ながら組み立てて、猫砂とシートをセットして段ボール箱の隣に置いた。
猫を飼うのは初めてだけど、強力なアドバイザーがついているから戸惑いはほとんど無い。
何よりも直接ではないものの、意思疎通ができるのはかなり助かる。
「ついでにこの家がどこに建っているのか、見ておくとよいじゃろう」
と言う猫神様に連れられて、出てみた家の外は深い森の中。
なるほど、木はいっぱいあるから木製の猫砂作りの素材は充分だな。
「上空から見せてやろう。我の背中に乗るがよい」
「えっ?! いいの?!」
「かまわんぞ」
猫神様に言われて、俺はフサフサした毛並みに覆われた背中に乗る。
柔らかくて滑らかな毛皮は美しく、その下から温もりが感じられた。
「では飛ぶぞ。落としたりはせんから安心せい」
ふわり、と猫神様が俺を乗せて空へと浮かび上がる。
揺れはほとんどなく、気球のような上昇だ。
家と木々が下へと離れていく。
眼下の風景がジオラマのように見える頃、俺は新居がどこに建っているのか把握した。
「聖夜よ、そなたに与えた家は庭付き戸建て、この島全体がそなたの庭じゃ」
「もしかしてこれ、無人島?」
「勿論じゃ。我が許可した者しか、ここに入ることはできぬ」
猫神様の物件は、無人島つき戸建て。
青い海と珊瑚礁。
緑の木々と白い砂浜。
小さな島の真ん中に、小さな家が建っていた。