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第34話:レム鹿の実


 異世界の森。

 緑の木々と、細い光の柱になった木漏れ日。

 時折聞こえるのは、ピルルル~ッと鳴く小鳥の囀り。

 甘い花の香りが漂う森の中を、俺はアムールトラ並みにデカいフサフサ茶トラ猫の後ろを歩いている。


「吸収率のいい鉄分を含む食べ物とな? それならばレム鹿の実が良いじゃろう」

「レム鹿の……『実』?」


 御堂さんのことを話したら、神様は貧血にオススメの食べ物を教えてくれた。

 鹿といえば動物だけど、「実」とは一体なんだろう?


「実際に見てみるのが一番じゃ。ついてまいれ」

「はい」


 猫神様の案内で向かった先に、枝分かれした角をもつ動物の姿が見えてきた。

 先が分かれた蹄がある細い四肢、茶色い体毛、短い尻尾。

 それは北海道でよく見かけるエゾシカに似た生き物だった。

 但し、その角はまるで植物のように、瑞々しい緑の葉、多数の雄しべをもつ白い小さな四弁花、艶々した淡紅色の実がついている。


「あれがレム鹿じゃ。あの角に付いておる実は、植物の果実のような味と食感をもちながら、栄養素は動物質なのじゃよ」

「つまり、人体に吸収しやすいヘム鉄を含む?」

「そういうことじゃ。あの果実にはレバーよりも遥かに多くのヘム鉄が含まれておる」

「少量でしっかり鉄分補給ができるんだね」


 果実のような味なら、御堂さんも食べられるかもしれない。

 頭から果樹を生やしたような鹿っぽい生き物は、ノンビリと足元の草を食んでいる。


「うむ。あれを採って、そなたの好きな女子おなごに与えてやるがよかろう」

「ちょ! すすす好きって……!」


 猫神様に涼しい顔で言われて、俺は狼狽した。

 御堂さんのことは、綺麗だな~とか素敵だな~とか思ってはいるけど、恋愛感情とかそういうのでは……ない筈。


「まあなんでもよい、実を採れ」

「う、うん」


 猫神様に鼻で笑われた気がするが。

 俺はダッシュでレム鹿に接近して、実をもぎ取ろうとした。


「ピイッ!」


 途端に、レム鹿が素早く頭を上げる。

 俺に気付いたレム鹿は、音もたてずに高く跳躍すると爆速で逃走してしまった。


「……逃げた……」

「草食動物じゃからの。攻撃する暇があったら逃げるものじゃ」


 どうやらレム鹿はクリムゾンボアやオラオラ鳥とは違い、攻撃してこない代わりに逃げ足がめちゃくちゃ速いらしい。

 ターゲットが影も形もなくなってしまった俺は、しばし呆然と立ち尽くした。


「しょうがないのう。探知魔法を与えてやる故、レム鹿を探すがよい」


 ヤレヤレという感じで猫神様が短く溜息をつくと、片手(前足)を俺の脳天に置く。

 大きな肉球からじんわりとぬくもりが伝わり、脳内に魔法の術式が書き込まれた。


「これで目的のものを見つけられるじゃろう」

「うん」


 俺は早速【探知】の魔法を起動した。

 それはイメージするものを見つけ出す魔法で、有効範囲は島全体に及ぶ。

 さっき逃げたレム鹿は、ここから1kmほど離れた場所にいるようだ。


「もうあんなに離れてるのか……」

「レム鹿は時速70~80キロくらいで走るからのぅ。1kmなど1分もかからぬよ」


 レム鹿の逃げ足の速さに驚いたけど、空間移動を使えば瞬時に接近できる。

 猫神様と俺は、レム鹿がいる場所へ空間を繋げて向かった。

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