異世界の森。
緑の木々と、細い光の柱になった木漏れ日。
時折聞こえるのは、ピルルル~ッと鳴く小鳥の囀り。
甘い花の香りが漂う森の中を、俺はアムールトラ並みにデカいフサフサ茶トラ猫の後ろを歩いている。
「吸収率のいい鉄分を含む食べ物とな? それならばレム鹿の実が良いじゃろう」
「レム鹿の……『実』?」
御堂さんのことを話したら、神様は貧血にオススメの食べ物を教えてくれた。
鹿といえば動物だけど、「実」とは一体なんだろう?
「実際に見てみるのが一番じゃ。ついてまいれ」
「はい」
猫神様の案内で向かった先に、枝分かれした角をもつ動物の姿が見えてきた。
先が分かれた蹄がある細い四肢、茶色い体毛、短い尻尾。
それは北海道でよく見かけるエゾシカに似た生き物だった。
但し、その角はまるで植物のように、瑞々しい緑の葉、多数の雄しべをもつ白い小さな四弁花、艶々した淡紅色の実がついている。
「あれがレム鹿じゃ。あの角に付いておる実は、植物の果実のような味と食感をもちながら、栄養素は動物質なのじゃよ」
「つまり、人体に吸収しやすいヘム鉄を含む?」
「そういうことじゃ。あの果実にはレバーよりも遥かに多くのヘム鉄が含まれておる」
「少量でしっかり鉄分補給ができるんだね」
果実のような味なら、御堂さんも食べられるかもしれない。
頭から果樹を生やしたような鹿っぽい生き物は、ノンビリと足元の草を食んでいる。
「うむ。あれを採って、そなたの好きな
「ちょ! すすす好きって……!」
猫神様に涼しい顔で言われて、俺は狼狽した。
御堂さんのことは、綺麗だな~とか素敵だな~とか思ってはいるけど、恋愛感情とかそういうのでは……ない筈。
「まあなんでもよい、実を採れ」
「う、うん」
猫神様に鼻で笑われた気がするが。
俺はダッシュでレム鹿に接近して、実をもぎ取ろうとした。
「ピイッ!」
途端に、レム鹿が素早く頭を上げる。
俺に気付いたレム鹿は、音もたてずに高く跳躍すると爆速で逃走してしまった。
「……逃げた……」
「草食動物じゃからの。攻撃する暇があったら逃げるものじゃ」
どうやらレム鹿はクリムゾンボアやオラオラ鳥とは違い、攻撃してこない代わりに逃げ足がめちゃくちゃ速いらしい。
ターゲットが影も形もなくなってしまった俺は、しばし呆然と立ち尽くした。
「しょうがないのう。探知魔法を与えてやる故、レム鹿を探すがよい」
ヤレヤレという感じで猫神様が短く溜息をつくと、片手(前足)を俺の脳天に置く。
大きな肉球からじんわりとぬくもりが伝わり、脳内に魔法の術式が書き込まれた。
「これで目的のものを見つけられるじゃろう」
「うん」
俺は早速【探知】の魔法を起動した。
それはイメージするものを見つけ出す魔法で、有効範囲は島全体に及ぶ。
さっき逃げたレム鹿は、ここから1kmほど離れた場所にいるようだ。
「もうあんなに離れてるのか……」
「レム鹿は時速70~80キロくらいで走るからのぅ。1kmなど1分もかからぬよ」
レム鹿の逃げ足の速さに驚いたけど、空間移動を使えば瞬時に接近できる。
猫神様と俺は、レム鹿がいる場所へ空間を繋げて向かった。