「この辺りがよいじゃろう。あまり近くに移動すると魔力の流れで気付かれてしまうからのぅ」
猫神様の指示で、俺はレム鹿から100mほど風下の木の陰を移動先に選んだ。
逃げたレム鹿は再び草を食んでいる。
時折頭を上げて周囲を見回すのは、追跡を警戒しているのかもしれない。
土管に似た空間に隠れたまま、猫神様は俺にレム鹿の取り扱いを教えてくれた。
「レム鹿はド近眼じゃ。動く物は離れていても気付くが、静止しておると近くにいても気付かぬ。故に奴が草を食んでおる間に忍び足で接近し、頭を上げたらその場で止まって待つがよい」
「なるほど。動物番組で見た、ライオンの狩りみたいだね」
「そうじゃ。そなたの国に似た遊戯があろう?」
猫神様に言われて、すぐ頭に浮かんだのは、日本人なら誰でも知っているあの遊びだ。
俺も小学生の頃に友人たちとよくやっていたよ。
「それって、【だるまさんがころんだ】かな?」
「うむ」
「分かった。やってみるよ」
「レム鹿の角を掴めば、そなたの勝ちじゃ」
「OK」
俺は異空間から出て、レム鹿への接近を開始した。
レム鹿はモグモグと草を食んでいる。
数歩進むと、レム鹿が顔を上げた。
俺はピタリと動きを止めて、そのまま待つ。
レム鹿は耳をピクピクさせた後、再び草を食み始めた。
また数歩進むと、レム鹿が顔を上げた。
俺はその場で静止して待つ。
レム鹿はキョロキョロと辺りを見回した後、再び草を食み始めた。
更に数歩進むと、レム鹿が顔を上げた。
俺は動きを止め、息を止め、その場で待つ。
レム鹿は鼻をヒクヒクさせたが、風下なので匂いに気付かないのか、再び草を食み始めた。
そうして何度か静止を繰り返した後、俺は遂にレム鹿の至近距離まで接近した。
手を伸ばせば角を掴める距離だ。
レム鹿が下を向いた瞬間、俺は素早く手を伸ばして角を掴む。
「ピイッ!」
レム鹿が甲高い声と共に頭を上げる。
俺は振りほどかれないように、強く角を握り締める。
すると、レム鹿はビクッと一瞬身体を震わせた後、クタリと脱力して倒れてしまった。
「え? まさか死んじゃった?」
「否、気絶しただけじゃよ」
暴れると思っていた俺は、レム鹿の想定外の反応にポカンとしてしまう。
土管風味の異空間に隠れて見ていた猫神様が出てきて、こちらに歩み寄りながら教えてくれた。
「ほれ、今のうちに実を採るがよい」
「採り過ぎたらレム鹿の体調が悪くなったりする?」
「その実は【余った栄養】じゃ。心配せず全部採るがよい」
「じゃあ貰うよ」
俺は地面に倒れたまま動かないレム鹿の角から、艶々した淡紅色の実をもぎ取る。
角には10個の実が付いていた。
それを全てもぎ取って異空間倉庫に収納すると、俺はレム鹿の角から手を離す。
「ピ……?」
「ごめんね、虐めるつもりはないよ」
意識を取り戻したもののボーッとしているレム鹿の頬を撫でて謝ると、俺は猫神様と共にその場を立ち去った。