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第41話:噛んでみたい年頃


 ステラが抜け出して以来、俺は居間の扉は開けたままにせず、出入りの際はすぐ閉めるようにしている。

 もしも家から抜け出して、森へ行ってしまったら危ないし。

 この島には自動車の類は無いから、車に撥ねられることは無いけど。

 代わりに、危険な大型生物がいるんだ。


 暴走車より爆走するクリムゾンボア。

 一度ロックオンしたら地の果てまでも追いかけてくるオラオラ鳥。

 あいつらと遭遇したら、小さな仔猫の命は無いだろう。

 命を守るため、俺はチビたちを家の外に出さないように気を付けている。


 木箱から飛び出してくるようになった仔猫たちは、今日も元気いっぱいだ。

 俺は居間に置いていた茶葉や茶器を全てキッチンに移して、仔猫たちが飛び跳ね回っても何かが壊れたりしないように配慮してみた。

 ルカファミリーの居室になっている居間は、すっかり運動場になっている。



「ふぉっ?! こ、これ、いきなり尻尾を噛むでない」

「みっ、んみっ」


 居間のソファが定位置の猫神様が、仔猫たちのイタズラのターゲットにされている。

 特にフサフサした尻尾が仔猫たちのハートを掴むらしく、一斉に群がられ、カミカミされていた。

 一応ルカが「あんたたち、やめなさい」と言うように鳴くが、聞くようなチビたちではない。


「みんな元気だなぁ」

「キュ~、キュ~」

「ミ~、ミ~」


 居間の様子を見に行った俺は、呑気に他人事みたいに言いながらそれを眺めていた。

 すると、仔猫たちが俺の声にハッとしたようにこちらを見て、タタタッと駆け寄ってきた。

 円らな目をキラキラさせて走ってくる姿はとても可愛い。

 彼等は部屋の扉の前に立っている俺の足元まで来ると、一斉に大ジャンプして飛びつき、Gパンの布地に爪をかけてガシガシと登ってきた。


「あ~、やっぱり登るんだ」

「ふほほっ、聖夜は良い登り木のようじゃな」


 登り切った4匹の仔猫たちを肩や頭に乗せたまま、俺は半目で呟く。

 集団カミカミ攻撃から解放された猫神様が、笑いながらソファで寛ぎ始めた。


「いててっ、耳を噛むのはやめてくれ~」

「ん~みっ、んみっみっ」


 キジトラの片方ルクスが、俺の肩に乗って耳たぶをカミカミし始める。

 噛む合間に爪の出た手(前足)でパシパシ叩いたりする。

 血が出るほどじゃないが、地味に痛いぞ。

 ルカは多分「こら、やめなさい」と言ってるんだろうけど、勿論チビたちは聞いちゃいない。


 俺はチビたちを落とさないように気を付けつつ部屋の片隅へ歩いていき、屈んで猫トイレの掃除を始めた。

 猫たちの排泄物は俺が使っている人間用トイレに捨てれば、微生物によって分解されて堆肥になり、森の木々の養分になるんだ。


「ちょ! 後ろ髪に顔突っ込んで噛むのは誰?」

「ルナじゃな」

「みみっ」


 屈んだらルナが背中へ移動して、うなじ辺りの髪をかきわけて甘噛みしてくる。

 痛いというより、くすぐったいぞ。


「ふむ、やはり歯が生え揃う頃はいろいろなものを噛みたくなるんじゃなぁ」

「ほら、みんな、俺はそろそろ仕事に行くから、じいちゃんに遊んでもらいな」


 さっきまで噛みまくられていた猫神様が、呑気に呟く。

 俺は肩や頭や背中に乗っている仔猫たちに、ターゲット変更を提案してみた。

 なんとなく言葉が分かったのかな? 

 仔猫たちが一斉に俺から飛び降りて猫神様の方へ走っていく。


「こ、これ、子供同士で遊びなさい」


 慌てる猫神様に群がるチビたちを置いて廊下に出ると、俺は居間の扉をそっと閉めた。

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