南島の神の祠。
籠盛りフルーツを抱えてきた俺を見て、嬉しそうな笑顔で迎えるのは御堂さんソックリな獣人女性。
女性と赤ちゃんは祠の中の客室にいた。
木製のベッドの隣には小さな四角いテーブルがあり、テーブルの上の花瓶にはリラックス効果のある花が生けられている。
「セーヤ、おかえり!」
「果物を採ってきた……っと、ごめん!」
部屋に入りかけて、俺は慌てて回れ右して女性から視線を逸らす。
女性は授乳中で、胸をはだけていたからだ。
「どうしたの?」
「……授乳中だとは知らなくて……ごめん」
「待って! 行かないでセーヤ!」
背後から問いかける女性に、俺は再び謝る。
授乳が終わるまで外にいようと思い、歩き出しかけたら女性が慌てたように呼び止めた。
「授乳が終わるまで外に出てるだけだよ」
「出なくてもいいじゃない。傍にいて。ね?」
女性は俺を夫だと思い込んでいる。
とりあえずその誤解を解いた方がいいな。
「……俺は……」
「ちょーっと待ったぁ!」
セーヤではないと言いかける俺の襟首を、ダッシュで駆け付けたパイが咥えて連れ去る。
俺は抵抗する間もなく、ライオンサイズの白猫に祠の外へ引きずられていく。
突然のことに、女性はキョトンとして俺たちを見送っていた。
「今は言っちゃダメよ」
「な、なんで?」
女性に聞こえない場所まで俺を連れ出したパイは、襟首から口を離して言う。
人違いだと早く告げたい俺は、困惑しかない。
「あの子、サヤはね、あんたがいるから正気を保っていられるのよ」
「どういうこと?」
パイはフゥッと溜息をつくと、澄んだ青い瞳で俺をじっと見つめて告げる。
御堂さん似の獣人女性が名前も同じという偶然に少し驚きつつ、俺は問うた。
「家の中に隠れていたサヤは、窓の外で村人たちが次々に殺されて食われるところを見てしまったの。自分だけが生き残った罪悪感と絶望に心が潰されそうな状態だけど、夫の無事な姿や我が子の誕生を見て、今は耐えることができているわ」
パイから話を聞いて、俺はサヤが所謂サバイバーズ・ギルト状態なのだと察した。
ここで俺が人違いです本物は帰ってきてませんなんて言ったら、サヤの心は壊れてしまうかもしれない。
「サヤの家に手紙を置いてきたよ。セーヤが帰ってきたら南島へ来るようにって書いてある」
「それでいいわ。あんたは本物が来るまで、セーヤのふりをしておいて」
「でも俺、サヤとセーヤの過去を知らないから、その話題になったらついていけないよ?」
「何言ってるの。西島の祠に過去を見られるものがあるじゃない」
「あ、そっか。ちょっと見てくる」
「見たらすぐ戻るのよ。サヤが不安がるから」
西島の祠には、過去見の水鏡がある。
俺はセーヤとサヤに関する情報を得るため、西島へ空間移動した。