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第62話:セーヤとサヤ


 西島の祠の中。

 俺は過去見の水鏡を覗き込み、銀灰色の髪と猫耳と尻尾をもつ青年セーヤの過去を探る。

 獣人姿の自分と容姿が似ていることもあり、検索イメージはしやすい。

 水盤にスライドショーのように現れる映像の中から、まずはサヤに関する過去を見ることにした。


 セーヤはあの村の出身ではなく、遥か東方の国から来た冒険者で、依頼を受けて村を訪れたらしい。

 サヤは村で生まれ育ち、独り暮らしで薬師として働く女性だった。


「ギルドから派遣されて来ました。冒険者のセーヤです」

「依頼人のサヤです。調薬に使う素材を集めて頂けますか?」


 それはどこか、派遣バイトの俺と薬剤師の御堂さんとの出会いに似ている。

 セーヤが成人後間もない歳であることや、サヤがそれよりも少し年上であることも同じだ。


 サヤが依頼した素材は村の付近の森で狩れる生物から得られるものばかりだが、村人には倒せないものだったので冒険者ギルドに依頼を出したらしい。

 ギルドはセーヤの狩猟能力なら狩れるとみて、彼を派遣した。

 セーヤはサヤの家に1ヶ月ほど滞在して、1年分の素材を集めて渡すと帰っていった。


「来年もまた来て頂けますか?」

「はい、喜んで」


 また会う約束をしたまではいい。

 2人はしばらく同居する間に、恋人に近い間柄になっていたが、婚約や結婚などはしていない。

 セーヤの過去のサヤに関することは、素材集めを手伝ったことと、寄り添って眠ったことだけ。

 その後の過去見の対象をサヤに切り替えてみると、彼女は自らのお腹に手を当てて微笑んでいた。


「来年に会ったら、きっと驚くわね」


 セーヤが村を離れたとき、サヤの胎内には新たな生命が宿っていたんだ。

 その父親は間違いなく、1ヶ月の間にサヤが褥を共にしたセーヤだった。

 それは獣人たちの間ではよくあることで、彼等は基本的に婚姻を結ばず、気に入った相手との子を成すらしい。

 シングルマザーとして子育てする女性も多く、サヤもそうした1人になる筈だった。


 セーヤとサヤの関係は、僅か1ヶ月。

 この1ヶ月だけが、サヤが知るセーヤの全てだ。

 サヤの家に居候している間、セーヤは自分の過去に関することをほとんど話していない。

 話したのは東方から来たことと、好きな食べ物についてと、恋人や妻はいないということ。

 俺が仮にセーヤの過去を知らなかったとしても、ほとんど支障がない気がした。


(ちょっと待て。これって、セーヤは子供ができていることを知らない?!)


 1ヶ月分の過去映像を見終えた俺は、重大なことに気付いた。

 携帯も無く、定住していないから手紙のやりとりもギルドを通してできる程度。

 気軽に連絡を取り合える環境じゃないぞ。

 サヤはセーヤが来ると信じているが、セーヤは子供の存在を知らない。

 依頼が無ければ、村には来ないかもしれない。

 サヤは今年の依頼をギルドに出したのだろうか?


(置手紙、あんまり意味が無いかもしれない……)


 どんよりした気持ちになった後、俺は南島に空間移動した。

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