現実世界、ルカの手術をしてもらった動物病院。
2つのキャリーを待合室の床に置いて、俺は獣医さんに呼ばれるのを待っていた。
今日はルカファミリーのワクチン接種の日。
事前に獣医師と相談して、三種混合ワクチンを選んだ。
猫の三種混合ワクチン
猫ウイルス性鼻気管炎、猫カリシウイルス感染症、猫汎白血球減少症の3つの感染症を予防するワクチン。
猫ウイルス性鼻気管炎(猫ヘルペスウイルス感染症)
くしゃみ、鼻水、結膜炎などの症状が現れる。
重症化すると死亡することもある。
猫カリシウイルス感染症
くしゃみ、鼻水、口内炎、食欲不振などの症状が現れる。
重症化すると肺炎を併発し、死亡することもある。
猫汎白血球減少症(猫パルボウイルス感染症)
下痢、嘔吐、発熱、脱水症状が現れる。
特に子猫が重症化しやすい。
異世界の神の島にウイルスの類は存在しないけれど。
俺が現実世界と行き来している関係上、知らぬ間にウイルスを持ち込む可能性を考えて接種を決めた。
生まれて初めて知らない場所に来た仔猫たちは、キャリーの中でシャーシャー言っている。
「来栖さん、どうぞ」
診察室への扉が空き、獣医さんが俺を呼ぶ。
俺は左右の手にキャリーを持ち、診察室の中へ入った。
「猫ちゃんたちは元気ですか?」
「はい、今朝も部屋の中で運動会してました」
話しながら、最初にキャリーから出して診察台の上に乗せたのはルカ。
ルカは2回目だからか、もともと度胸があるのか、特に怯える様子もなく台の上に乗っていた。
「ついでに爪切りもしておきますね」
「ありがとうございます」
看護師さんはサービスで爪切りもしてくれた。
それは注射の際に、猫が暴れて怪我をしないためでもあるらしい。
「次はステラいくか~?」
ルカをキャリーに戻した俺が、次に取り出したのはキジトラのステラ。
掴み出されたステラは、化石になったように固まってしまった。
「大人しいですね~」
「いつもはもっと御転婆なんですよ」
そんな話をしつつ、ステラの爪切り&ワクチン接種はアッサリ終わった。
俺はステラをキャリーに戻して、入れ替わりにルクスを掴み出す。
ルクスもステラと同じで化石みたいに固まっている。
「みんな待合室ではシャーシャー言ってたのに、いざとなったら無抵抗だな」
「お注射が楽で良いですね」
続くソルとルナも化石状態。
これが「借りてきた猫」というやつか?
全く何の苦労も無く、短時間で5匹のワクチン接種が終わった。
「あれ? 来栖くん?」
診察室を出ると、玄関から入ってきた人に声をかけられた。
Sケージに猫を入れて持つ御堂さんだ。
多分どこかのTNR猫の搬送をしてきたんだろう。
「もしかして、仔猫たちのワクチン接種かな?」
「はい、ついでにルカも」
にこやかに話しつつ内心俺がドキドキしているのは、異世界で御堂さんソックリ女性と出会ったからだろうか。
しかもその女性の夫……というか、子供の父親になった奴が俺そっくりなんて。
過去見の水鏡でチラッと見た刺激的過ぎるシーンも脳裏に浮かびかけて、俺はちょっと赤面してしまった。
「ウ~ッ、シャーッ」
「はいはい、もう終わったから帰るよ」
知らない猫の匂いに反応して、キャリーの中の誰か(多分ステラ)が声を出す。
それをあやしつつ、俺は床に置いたキャリーに視線を向ける。
そのおかげで、少し頬を赤らめた俺に御堂さんが気付くことはなかった。
「じゃあ、お先に」
「うん、またね」
また赤面してしまう前に、俺は会計を済ませるとすぐに病院を出た。
意識し過ぎないように気を付けないとなぁ。
次に御堂さんと会うときは、平常心を保てるように頑張ろう。