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第63話:ワクチン接種


 現実世界、ルカの手術をしてもらった動物病院。

 2つのキャリーを待合室の床に置いて、俺は獣医さんに呼ばれるのを待っていた。

 今日はルカファミリーのワクチン接種の日。

 事前に獣医師と相談して、三種混合ワクチンを選んだ。



 猫の三種混合ワクチン

 猫ウイルス性鼻気管炎、猫カリシウイルス感染症、猫汎白血球減少症の3つの感染症を予防するワクチン。


 猫ウイルス性鼻気管炎(猫ヘルペスウイルス感染症)

 くしゃみ、鼻水、結膜炎などの症状が現れる。

 重症化すると死亡することもある。


 猫カリシウイルス感染症

 くしゃみ、鼻水、口内炎、食欲不振などの症状が現れる。

 重症化すると肺炎を併発し、死亡することもある。


 猫汎白血球減少症(猫パルボウイルス感染症)

 下痢、嘔吐、発熱、脱水症状が現れる。

 特に子猫が重症化しやすい。



 異世界の神の島にウイルスの類は存在しないけれど。

 俺が現実世界と行き来している関係上、知らぬ間にウイルスを持ち込む可能性を考えて接種を決めた。

 生まれて初めて知らない場所に来た仔猫たちは、キャリーの中でシャーシャー言っている。


「来栖さん、どうぞ」


 診察室への扉が空き、獣医さんが俺を呼ぶ。

 俺は左右の手にキャリーを持ち、診察室の中へ入った。


「猫ちゃんたちは元気ですか?」

「はい、今朝も部屋の中で運動会してました」


 話しながら、最初にキャリーから出して診察台の上に乗せたのはルカ。

 ルカは2回目だからか、もともと度胸があるのか、特に怯える様子もなく台の上に乗っていた。


「ついでに爪切りもしておきますね」

「ありがとうございます」


 看護師さんはサービスで爪切りもしてくれた。

 それは注射の際に、猫が暴れて怪我をしないためでもあるらしい。


「次はステラいくか~?」


 ルカをキャリーに戻した俺が、次に取り出したのはキジトラのステラ。

 掴み出されたステラは、化石になったように固まってしまった。


「大人しいですね~」

「いつもはもっと御転婆なんですよ」


 そんな話をしつつ、ステラの爪切り&ワクチン接種はアッサリ終わった。

 俺はステラをキャリーに戻して、入れ替わりにルクスを掴み出す。

 ルクスもステラと同じで化石みたいに固まっている。


「みんな待合室ではシャーシャー言ってたのに、いざとなったら無抵抗だな」

「お注射が楽で良いですね」


 続くソルとルナも化石状態。

 これが「借りてきた猫」というやつか?

 全く何の苦労も無く、短時間で5匹のワクチン接種が終わった。


「あれ? 来栖くん?」


 診察室を出ると、玄関から入ってきた人に声をかけられた。

 Sケージに猫を入れて持つ御堂さんだ。

 多分どこかのTNR猫の搬送をしてきたんだろう。


「もしかして、仔猫たちのワクチン接種かな?」

「はい、ついでにルカも」


 にこやかに話しつつ内心俺がドキドキしているのは、異世界で御堂さんソックリ女性と出会ったからだろうか。

 しかもその女性の夫……というか、子供の父親になった奴が俺そっくりなんて。

 過去見の水鏡でチラッと見た刺激的過ぎるシーンも脳裏に浮かびかけて、俺はちょっと赤面してしまった。


「ウ~ッ、シャーッ」

「はいはい、もう終わったから帰るよ」


 知らない猫の匂いに反応して、キャリーの中の誰か(多分ステラ)が声を出す。

 それをあやしつつ、俺は床に置いたキャリーに視線を向ける。

 そのおかげで、少し頬を赤らめた俺に御堂さんが気付くことはなかった。


「じゃあ、お先に」

「うん、またね」


 また赤面してしまう前に、俺は会計を済ませるとすぐに病院を出た。

 意識し過ぎないように気を付けないとなぁ。

 次に御堂さんと会うときは、平常心を保てるように頑張ろう。

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