ワクチン接種を終えたルカたちを自宅へ連れ帰った後、俺は南島に向かう。
パイの神の祠で子育てをするサヤは、赤ちゃんのオムツ替えの真っ最中だ。
「愛しい子、来週になったらパパに名前をつけてもらおうね」
サヤは幸せそうに微笑んでいる。
その言葉に、俺は焦りを感じた。
この世界の赤ちゃんは、生後1週間を過ぎてから名前を貰う。
サヤの子は昨日生まれたばかりで、まだ名前は無い。
1週間以内に本物のセーヤと会わせないと、俺が名付けをすることになってしまう。
「サヤ、食事を持ってきたよ」
「ありがとうセーヤ」
オムツ替えが終わったタイミングで、俺は異空間倉庫からできたてアツアツの料理を取り出し、サヤに声をかけて室内に入った。
途端に、サヤは安堵と至福が混ざったような笑みを浮かべる。
彼女は今、親族や隣人たちを惨殺された悲しみを、我が子の誕生とセーヤとの再会の喜びでカバーしている状態だ。
でも俺は本物のセーヤじゃない。
サヤの真の幸せのためには、早く本物に会わせてあげなきゃって思う。
「夜になったら仕事に行くから、赤ちゃんと2人で待っててくれるかい?」
「うん。でもセーヤ、ちゃんと睡眠とってる?」
「大丈夫だよ、仕事が終わった後すぐ自宅で寝たから」
これは嘘ではない。
今日の俺は、朝から昼まで自宅で睡眠をとり、その前後にルカファミリーの世話をして、昼から夕方までをサヤがいる南島の祠で過ごしている。
サヤは多分セーヤと同居したいのだろうけど、口には出さない。
それは多分、熊の襲撃が無かったら、あの家で独り子育てする覚悟があったからだと思う。
本物のセーヤは、サヤと共に暮らす気持ちはあるだろうか?
こればかりは本人に聞いてみないと分からない。
◇◆◇◆◇
異世界、真夜中の西島。
銀猫の姿ではなく獣人の姿で、俺は星々の輝きに満ちた夜空を見上げる。
「星の精霊たちよ、この姿に似たセーヤという名の冒険者を探してくれるかい?」
「畏まりました」
「イリの神様の御心のままに」
呼びかけると、俺の神力から生まれた100の新米精霊たちが、真っ先に応じる。
以前からいる精霊たちも、恭しく一礼して応じてくれた。
普段は、精霊たちが世界のあちこちで集めてくる情報の中から、適当なものを直感で選んで見る神様代行バイト。
今日は、欲しい情報があって、精霊たちに対象を絞って集めてもらうことにしたんだ。
(頼む、早くセーヤを見つけてくれ。いつまでもサヤを騙し続けるなんて、俺の良心が耐えられない……)
夜空に光の筋を描いて四方八方へ飛び去っていく精霊たちを見送りながら、俺は心の中で呟く。
サヤの家に置手紙はしたものの、セーヤがそれを見つける可能性は極めて低い。
俺はセーヤに直接会って話をするため、精霊たちに彼の居場所を調べさせている。
「見つけました!」
「早っ!」
対象を特定した精霊たちの情報集めは、とても早かった。
さっき飛び去ったばかりなのに、もう戻ってきたよ。
1分かからず探し人を発見する優秀さに、俺は驚きツッコミを入れてしまった。
星の精霊たちは、情報集めのエキスパートらしい。
この世界のどこの情報でも、集めることができる。
普段は人々が星に願ったことだけを集めているけれど、イリの神が望めば探索もこんなに早くできてしまうのか。
星が出ている夜のみ活動できるっていう制限はあるものの、この世界の人々は夜が活動時間なので、人探しは比較的容易かもしれない。
「洞窟の中へ入って行くのを見ました」
「クエスト中のようです」
「じゃあ、洞窟の入口に空間を繋げてくれ」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
セーヤを見つけた精霊に空間移動のトンネルを開いてもらい、俺はセーヤがいるという洞窟へ向かった。