「たっくん……」
私の一言に、たっくんの耳がすぐに反応して赤くなる。
「行くぞ」
「待て、話はまだ──」
「もう終わりだ!」
王子の城のドアを蹴り、私の手を掴んで強引に攫っていく魔王たっくん。
荒々しいけど、カッコよくてドキドキする!
廊下にいた野次馬たちを目だけでビビらせ、道をあけさせながら、たっくんはひと気のない体育館裏の空きスペースに私を連れて行った。
「クソ、何なんだあいつ! 人のことを犯罪者みてえな目で見やがって──」
怒りに猛るたっくんだったけど、まだギュッと握られている私の手に気がつくと、急に真っ赤になって手を放した。
「ごめん──」
「う、ううん」
無意識だったのかな。離れたたっくんの手が震えていた。
怖そうな外見と似つかわしくないこのピュアな感じがキュンとしてしまう。
おかしいな。
私、木更先輩が好きだったはず、なのに。
「夢乃」
「は、はいっ」
「お前、さっきの奴と知り合いなのか」
「えっ?」
たっくんの瞳が傷ついた子犬のようなかわゆさで私を見つめる。
「さっき、卒業式の……とか言ってただろ」
「あっ。はい……。実は、木更先輩は私と同じ中学の先輩だったんです」
「……あいつのことが好きだったのか」
ストレートに聞かれて、私はドキドキしてしまった。
どうしよう。
誤解を解くなら早い方がいい。
本当はたっくんじゃなくて木更先輩に手紙を渡すつもりだったこと……言うなら今だ。
私は勇気を振り絞ってたっくんをまっすぐに見つめた。
たっくんも私を真剣な瞳で見つめ返す。
言うんだ。
言わなきゃ。
いま言わなきゃ、結局私はたっくんを傷つけることになる。
ごめんなさいって、言わなくちゃ。
「たっくん……わ、私……本当は!」
たっくんの瞳が鋭くなって、どんどん男前になっていく。
どうしよう。
たっくんが……かっこいいよーっ!!
「木更先輩のことは好きだったけど、今はたっくんの方が好きです……」
あれ? 私、なんかおかしなこと言ってる?
たっくんの顔を見ていたら、つい。
するとたっくんは完熟トマトみたいに赤くなって吼えた。
「溜めんじゃねえよ。一瞬、フラれるかと思ってドキドキしただろ!」
ああああああ〜! 魔王のツンが、デレデレで可愛いんですけどーっ!!
たっくんは照れたようにプイッと横を向いた。
「お前みたいな奴は初めてだ。俺なんかを……好きだとか言うバカは」
「たっくん……」
私のハートはさっきからキュンキュン鳴っています。
どうなってるの、私の感情。
木更先輩はもういいの?
あんなに好きで、受験も頑張ってここに来たのに。
こんな、悪い噂だらけのこわいひと……本当に好きになっちゃっていいの?
たっくんの赤い髪と赤い頬をじっと見つめていると、たっくんは気まずそうにチラッとこっちを見た。
「手……痛くなかったか」
「え?」
「さっき、強引に掴んだから」
「ううん! 全然大丈夫です」
心配してくれてる。きっと女子の手を握ったことがないんだ。
だから、いろいろ心配して、不安になって、変に爆発してるだけなんじゃないかな。
こういう小学生の男子、いたなあ。
「ふふっ」
「あ”あ⁉︎ てめえ、何がおかしいんだよ!」
「ご、ごめんなさあい! なんか、たっくんが可愛くて……」
たっくんは可愛いと言われて馬鹿にされたと思ったのか、眉間に青筋立ててものすごく怖い顔をした。
ひえええ、やっぱり怒らせたら怖い!
ブルブル震えている私に噛みつきそうな顔で近づいてくるたっくん。
どうしよう、と目を閉じた瞬間、たっくんは小声でボソッと言った。
「可愛いのは……お前だろ」
私はびっくりして目を開けた。
たっくんの手が私の頭を一瞬優しく撫でたから。
「死ぬほど可愛い……とか、恥ずかしいこと言わせんな」
たっくんはそのまま、赤い髪をなびかせて逃げるように去っていった。
私は膝から崩れ落ちて、ペタンと地面に座り込んだ。
「たっくん……好きぃ……」
こんなはずじゃなかったのに、ドキドキが止まりません。