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第29話

結城望。


神谷慎一が真剣に私の名前を口にした瞬間、

脳裏に無数の光の破片が走った。

しかし、我に返ってそれを掴もうとしても、何もなかった。

私の頭の中は、相変わらず虚ろなままだった。


ただ、わかった。

私が、結城望なのだと。

私が、神谷慎一のあの早世した妻、結城望なのだと。


そっと顔を上げ、目の前の神谷慎一を見つめた。


「私は…何も覚えていないの」と声を絞り出した。


「わかっている」神谷慎一はうつむき、自分の額を私の額にそっと寄せた。


エレベーターは地下1階に到着し、ドアが自動で開いた。


神谷慎一は私をぐいと抱き上げた。

体が宙に浮き、思わず彼の首に腕を回した。


彼の声を聞いた。「まずは家に帰ろう」


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