目を覚ましたときには、外はすっかり薄暗くなっていた。
もう夕方だ。別荘の中は静まり返っている。
時川徹は、もう帰ったのだろう。お腹が空いて仕方がなかった。
私は白い姫様風のネグリジェを着たまま、裸足で階段を下りていった。ひんやりとした床が心地よくて、少しだけ頭が冴えた気がした。
キッチンカウンターの前で、トーストを温めながらぼんやりしていた。
すると、突然書斎のドアが開いた。
パリッと仕立てのいいスーツに身を包んだ時川徹が、ゆっくりと姿を現す。
暖かみのある黄色いライトが彼の輪郭を際立たせ、その均整のとれた体と、彫刻のように整った顔立ちを際立たせていた。
まるで生殺与奪を握る神が地上に降り立ったかのような威厳を放っている。
けれど――彼は、あまりにも冷たかった。
纏っている空気が冷たい。視線も、そしてそのスーツの鉛色のカフスすらも、冷たい光を放っていた。長い応接室の向こうから、彼の視線が私に落ちた。
薄い唇は固く一文字に結ばれ、威圧感が凄まじい。
――瞬間的に、私は我に返った。
思わず頭を抱えてしゃがみ込み、ダイニングテーブルの下へと身を隠した。
そんな私をよそに、姉が軽快な足取りで階段を駆け下りてくる。
そして時川徹の胸に飛び込んで、その腕にしがみつきながら揺らした。
「もう帰っちゃうの?まだ私の新しいスチル見てないじゃない。
ねぇ、食事してからじゃダメ?」
普段はどこか冷たい印象のある姉が、今はまるで恋する女の子みたいに、甘えるような声で囁いていた。
まるで綺麗な鳥のようだった。 艶やかな羽に、透き通るような声。
けれど時川徹は何も言わず、冷ややかにテーブルの下で震えている私の方を見ていた。
姉の笑顔がすっと消える。
唇を噛みしめて、口を開いた。
「……忙しいなら、今度でもいいよ。送っていくね。」
けれど時川徹は、微動だにしなかった。
彼の放つ圧が重すぎて、姉もそれ以上言葉を継げなかった。
長い沈黙のあと、ようやく彼が口を開いた。
低く、重い声で。
「……そうだな。食べてからにしよう。」
父と姉の顔に、同時に驚きと困惑の色が浮かぶ。
時川徹はわずかに口角を上げた。
「何を怖がってる?彼女はもう何も忘れたんじゃなかったのか?」
そう言って、彼は長い脚を運び、私の隠れているテーブルのそばにしゃがみ込んだ。
スーツのスラックスが、しっかりとした腿のラインを描く。
「鹿野鳴、俺のこと、覚えてるか?」
私はおそるおそる顔を上げたけれど、すぐに目を逸らしてしまった。
視線を合わせることができない。小さく頷くだけ。その瞬間――
指先と足先に、針で刺されたような痛みが走った。反射的に、私は悲鳴を上げた。
ぎゅっと目を閉じ、首を左右に振りながら必死で叫んだ。
「知らない!叩かないで!知らないよ……!」