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3

ダイニングの空気は、どこか妙だった。

両親は必死に場を和ませようとしていたけれど、

時川徹は静かに食事をしているだけだった。その所作は優雅で品があり、

けれど一言も発さず、完全に壁を作っていた。そのせいで、両親の愛想笑いが空回りしているように見えた。

姉は顔をこわばらせ、黙ったまま。

私はというと、おかずに手も出せず、

白ごはんをちびちび食べるだけだった。ようやく食事が終わったとき、

両親はそろって安堵のため息を漏らしていた。

時川徹が席を立ち、去ろうとしたその瞬間―― ふいに、私は思い出したことがあって彼を呼び止めた。


「時川さん、ちょっと待ってください!」


皆の視線が、一斉に私へと注がれる。

もちろん、時川徹の鋭い眼差しも。彼はうっすら眉をひそめ、不快感を隠そうともしなかった。

「ほんのちょっとだけです。ね?」

私は指で1センチほどの隙間を作って、頼むように見上げた。

そう言って、私は急いで階段を駆け上がり、

しばらくして両手で鉄の箱を抱えて戻ってきた。皆の視線が、その箱に集中する。

私はふたを開けて、彼に問いかけた。

「これ……時川さんのものじゃありませんか?」

箱の一番上には、十数枚の証明写真が入っていた。

サイズは一寸、二寸とまちまち。どれも正規の方法で手に入れたものではなさそうだった。

中には印が押されているものや、裏に乾いた接着剤がついたままのものまであった。つまり、どこかから切り取ってきたのだろう。

写っているのは、少し若い頃の時川徹。

今ほど洗練されてはいないが、それでも目鼻立ちは整っている。証明写真の他にも、いろいろなガラクタが入っていた。

飴の包み紙、空のタバコの箱、使い切ったペン芯、くしゃくしゃの答案用紙など……


時川徹の視線が、鋭く私に突き刺さる。

私は小さく震えながら、それでも口を開いた。

「クローゼットの隅っこで見つけたんです。誰が置いたのかは分かりませんけど……

写真を見て、時川さんのものじゃないかと思って……」

彼の目がわずかに揺れた。探るような色を浮かべる。

その視線に晒されて、私は思わず肩を落とす。

彼はついに口を開いた。

「俺のじゃない。捨てろ。」

「……はい、分かりました。」

私は箱ごと、近くのゴミ箱に放り投げた。

そして、そのまま階段に向かおうとした――そのとき。彼の視線が、突然鋭くなった。

「鹿野鳴、お前、わざとだろ?」

私は振り返りながら、きょとんとした表情を浮かべる。

「……え?」

彼はすべてを見透かしたような目で、鼻で笑った。

「何でもない。芝居、うまくなったな。

……だが、次からはやめてくれ。俺はそういうのに興味ない。」

それだけ言い残し、彼は踵を返して去っていった。


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