ダイニングの空気は、どこか妙だった。
両親は必死に場を和ませようとしていたけれど、
時川徹は静かに食事をしているだけだった。その所作は優雅で品があり、
けれど一言も発さず、完全に壁を作っていた。そのせいで、両親の愛想笑いが空回りしているように見えた。
姉は顔をこわばらせ、黙ったまま。
私はというと、おかずに手も出せず、
白ごはんをちびちび食べるだけだった。ようやく食事が終わったとき、
両親はそろって安堵のため息を漏らしていた。
時川徹が席を立ち、去ろうとしたその瞬間―― ふいに、私は思い出したことがあって彼を呼び止めた。
「時川さん、ちょっと待ってください!」
皆の視線が、一斉に私へと注がれる。
もちろん、時川徹の鋭い眼差しも。彼はうっすら眉をひそめ、不快感を隠そうともしなかった。
「ほんのちょっとだけです。ね?」
私は指で1センチほどの隙間を作って、頼むように見上げた。
そう言って、私は急いで階段を駆け上がり、
しばらくして両手で鉄の箱を抱えて戻ってきた。皆の視線が、その箱に集中する。
私はふたを開けて、彼に問いかけた。
「これ……時川さんのものじゃありませんか?」
箱の一番上には、十数枚の証明写真が入っていた。
サイズは一寸、二寸とまちまち。どれも正規の方法で手に入れたものではなさそうだった。
中には印が押されているものや、裏に乾いた接着剤がついたままのものまであった。つまり、どこかから切り取ってきたのだろう。
写っているのは、少し若い頃の時川徹。
今ほど洗練されてはいないが、それでも目鼻立ちは整っている。証明写真の他にも、いろいろなガラクタが入っていた。
飴の包み紙、空のタバコの箱、使い切ったペン芯、くしゃくしゃの答案用紙など……
時川徹の視線が、鋭く私に突き刺さる。
私は小さく震えながら、それでも口を開いた。
「クローゼットの隅っこで見つけたんです。誰が置いたのかは分かりませんけど……
写真を見て、時川さんのものじゃないかと思って……」
彼の目がわずかに揺れた。探るような色を浮かべる。
その視線に晒されて、私は思わず肩を落とす。
彼はついに口を開いた。
「俺のじゃない。捨てろ。」
「……はい、分かりました。」
私は箱ごと、近くのゴミ箱に放り投げた。
そして、そのまま階段に向かおうとした――そのとき。彼の視線が、突然鋭くなった。
「鹿野鳴、お前、わざとだろ?」
私は振り返りながら、きょとんとした表情を浮かべる。
「……え?」
彼はすべてを見透かしたような目で、鼻で笑った。
「何でもない。芝居、うまくなったな。
……だが、次からはやめてくれ。俺はそういうのに興味ない。」
それだけ言い残し、彼は踵を返して去っていった。