母がそっと扉を閉めたあと、
姉――鹿野遥はとうとう我慢できなくなったのか、
テーブルに突っ伏して泣き出した。父はその姿に胸を痛めていたが、どうにも怒りを抑えられなかったのか、私に向かって平手打ちを食らわせた。不意打ちだった。
私はもんどり打って倒れ、頭を机の角にぶつけた。ズキズキと響く痛み。
母は泣きじゃくる姉の肩を抱きしめながら、 私に向かって怒りをぶつけた。
「鳴ちゃん、あんたもお父さんを恨まないで。 でも、今夜のあんたには……本当にがっかりしたわ!」
「お母さんが何度も言い聞かせたこと、全部忘れたの?」
「なんで勝手に下に降りたの?なんで彼に話しかけたの?そんなに……そんなに自分を安く見せたいの!?」
おでこの傷口から血が滲み、目元にまで流れてくる。
視界は血の霞で赤く染まり、ぼやけていった。
私は血を押さえながら、なんとか言い訳した。
「ごめんなさい……彼、もう帰ったと思ってて……。わざとじゃないの……」
そのときだった。姉が私の襟元をつかんで、ヒステリックに叫んだ。
「そんな格好で階段降りてきて、裸足でうろうろして!変な箱なんか持ち出して、徹の気を引こうとして……鹿野鳴、あんた誰を誘惑してるつもりなの!?」
「徹の立場、分かってる!? 自分の立場、理解してる!?どうしてあんたなんかが彼を狙えると思ったの!?」
「今夜のあんたの軽率さのせいで、私は彼を失うかもしれないのよ!?男がいないと生きていけないの!?自分の姉の彼氏まで誘惑して恥ずかしくないの!?」
そう言い捨てると、姉はドアを開けて外へ飛び出していった。
母が慌てて止めに入る。
「遥!こんな夜にどこ行くの!?」
鹿野遥は私を憎しみのこもった目で睨みつけながら言った。
「この家に、私とあの子、両方はいらない。
あの子がいるなら、私は出ていく!」
しばらくして、ガレージに車のエンジン音が響いた。
母は深く息をつき、父は苛立ちに任せてドアを叩きつけた。私は小さな声で言った。
「……私、今夜は外に泊まります」
母は少し迷ったようだったが、やがて口を開いた。
「でも、どこに泊まるつもりなの?」
「ホテルに泊まります。
海外にいた時、ずっとホテル暮らしでしたから、慣れてます」
あの頃、私は耐え難い治療から逃げ出すように、病院からこっそり抜け出して、 安いカプセルホテルに潜り込んでいた。それでも、姉はすぐに私を見つけて連れ戻しに来た。
母はしばらく沈黙したあと、 静かに頷いた。
「……確かに今夜は、鳴が悪かった。じゃあ、出てきなさい。お姉ちゃんの気が収まったら、またお母さんが呼び戻すわ」