目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

6

昼間、私は街をぶらぶらしていた。

夜になるとすぐホテルに戻って寝る。

そんな生活を一週間続けたけれど――お母さんから「帰っておいで」の連絡は、一度もなかった。もう、お金も尽きかけていた。

LINEでお母さんにメッセージを送ったが、気づいたらブロックされていた。

お昼ごろ、私はホテルのロビーでぼんやりしていた。

ふと、遠くの屋内ガーデンの入り口に、絵になるような男女の姿が見えた。

男の人は背中を向けていて、広い肩幅とスラリとした体躯だけが見える。

女の人は曲線美のあるシルエットに、上品なロングドレス。顔を上げて、笑顔をその人に向けていた。だけど、私からは彼女の横顔しか見えない。


もっとよく見ようと、私は首を傾けた。

でもここ数日、ずっと頭が痛くて――

目の前の景色も、霧がかかったみたいにぼやけて見える。かえってその光景が、

まるで映画のワンシーンのような幻想的な雰囲気を帯びていた。私は思わずスマホを取り出し、その美しい構図を撮った。

――けれど。フラッシュを切るのを忘れていた。しかもシャッター音も最大になっていて――すぐに、ふたりは私の存在に気づいた。

男の人の横顔が、ギリッと強張る。私のほうを睨む視線が、あまりにも冷たくて――

思わず椅子の上で縮こまってしまう。そして、男と女がこちらに歩み寄ってきた。

やがて私の目の前に、時川徹と鹿野遥が立ちふさがった。

「鳴、お前……どうしてここにいる?」

時川徹の声は、相変わらず冷たかった。

私は遥お姉ちゃんを見て、口を噤む。怖くて、言葉が出てこなかった。

「スマホを出せ」

時川徹が手を差し出す。

私はビクビクしながら、スマホを差し出す。

不思議なことに――彼は、私のスマホのロックをすぐに解除した。

私は自分の6桁のパスコードの意味すら分からないのに。家族全員の誕生日でもなかったはずなのに。

彼はすぐに写真を見つけ出し、目を細めてその画面を睨んだ。

「なぜ盗撮した? 鳴、お前……遥に何をしようとしてるんだ? まだ彼女を傷つけ足りないのか?」

私は慌てて首を振った。泣きそうなほど怯えながら訴える。

「ち、違う……そんなつもりじゃ……」

姉のほうがずっと優秀なのは、私も分かってる。

私は平凡で、彼女に敵うわけなんてない。だから――奪おうなんて思ったこと、一度もなかった。

でも、お母さんはこう言った。

――私が姉の新作ドラマの発表会に、オーダーメイドドレスで現れたせいで、

姉が主演の座を逃した、と。記者たちは、私と姉がそっくりな容姿でありながら、

まるで違う雰囲気だと評した。姉は清廉で気品があり、

私は小悪魔っぽくて、無垢で無邪気――「演技の幅が広そう」とまで書かれて。

その日以来、姉の主演は白紙になった。

私は何も演じなかったのに、姉は一線俳優の道を失った。――だから、姉は私を恨んでる。

私が注目されるのが、気に食わないのだと。


どんなに弁明しても、誰も信じてくれなかった。

あの日、私は姉の成功を見届けたくて――

少ないお小遣いをはたいて、ドレスをレンタルした。恥をかかせたくなかった。

姉の隣で見劣りしないようにと、精一杯の努力をしただけだった。でも、結果的に姉を霞ませてしまった。私は――そんなつもりじゃなかった。本当に、違ったのに。

なのに、誰も信じてくれない。

あの時の、家族全員からの失望の視線。

毎日のように向けられる非難。息ができないほど苦しかった。二度と、あんな思いはしたくない。

「お願い……信じて……私は……」

私は時川徹の袖を掴み、涙ながらにすがった。彼は眉をひそめた。

「……まだ演技してるつもりか? 鳴、お前……記憶喪失なんて嘘だったんだろ?」

「わ、わかんない……わかんないけど……信じてよ……!」

私の記憶は、おかしくなってる。

思い出せることもあれば、忘れてしまってることもある。

でも、自分が何を忘れたのかさえ……思い出せない。

時川徹はスマホを軽く振り、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「じゃあ聞くが――お前が俺と遥の写真を撮ったのは、マスコミに売って、彼女の芸能人生を潰すためだろ?」

その目は、まるで――溝にうごめくネズミでも見るような蔑みの色を帯びていた。私の心に、ズキンと針が刺さるような痛みが走る。

まるで、自分が本当に最低なことをしたかのように思えてきて。

私はしゃくり上げながら、目を伏せてつぶやいた。

「……ごめんなさい。ただ……お二人があまりにもお似合いだったから……とても素敵なに見えて……まるで、童話の中の王子様とお姫様みたいで……」

その言葉に、時川徹の指がピクリと止まった。

「……今、何て言った?」

彼の冷たい瞳が、一瞬、震えたように見えた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?