夜、行く当てのない私は、そっと家に戻ろうとしていた。
もし――もしも、お姉ちゃんが私を許してくれたなら。
きっと、もう一度帰れる気がした。
お母さんも、きっとただ忙しすぎて、私というもうひとりの娘の存在をつい、忘れてしまっただけに違いない。そう、私は信じたかった。
けれど、門の外に立った瞬間、庭に飾られた色とりどりのイルミネーションが目に飛び込み、思わず立ち止まった。屋敷の中は明るく、笑い声が絶えない。
ガラス越しに見える光景。
お母さんが、お姉ちゃんの髪に繊細な簪飾りをそっと差し込んでいた。
頬を染めてうつむくお姉ちゃんは、まるで本物のプリンセスみたい。
お父さんは嬉しそうに手を叩いて、目には涙さえ浮かべていて――
時川徹さんは、柔らかく口角を上げて、お姉ちゃんのことを見つめていた。
きらめくシャンデリアの下で、その場にいる誰もが幸福に包まれていた。
まるで、幸せがかたちになったような景色。
――そうか、今日はお姉ちゃんの誕生日だったんだ。
なら、私の誕生日でもあるはずだ。
私たちは双子だから。
幼い頃から、誕生日はいつも一緒だった。
けれど、主役は、いつもお姉ちゃん。
家族全員で「ハッピーバースデー」を歌って、
ケーキのろうそくを吹き消すのも、お姉ちゃんだけ。みんなが注目するのは、彼女がどんな願い事をしたかで。
私は――
お姉ちゃんがナイフで切ってくれたケーキの端っこを、静かに食べるだけだった。一度だけ、私は好奇心に駆られて、ろうそくの火を先に吹き消したことがある。
お姉ちゃんは、泣いた。
泣きじゃくるお姉ちゃんを見て、お父さんは怒りでケーキをテーブルごとひっくり返した。
「もう誰にも食わせない!」
その後、お父さんとお母さんはお姉ちゃんを連れて、高級ホテルで豪華なバースデーパーティーをやり直した。私はというと、床に落ちたぐちゃぐちゃのケーキを、膝をついて食べていた。あの甘ったるい、だけど苦いケーキの味は――今でも、忘れられない。
私はライトアップされた庭を眺めながら、静かに苦笑いを浮かべる。
そうか。
お母さんは「忘れていた」んじゃない。
私がまだ外でひとりでいることも、私が今日、誕生日を迎えたことも。
全部知っていて、それでも、もう「娘」として数えていないだけなんだ。
お母さんの中には――きらきら輝く鹿野遥しかいない。
もう一人の娘の存在なんて、最初からなかったみたいに。
私は頬を拭って、静かに背を向けた。
明かりに照らされたその家は、今や私の帰る場所ではなかった。