時川徹は、毎日私のベッドのそばにいた。
自ら私の顔を拭き、長い時間、語りかけてくれた。
私が目を覚ますようにと。でも――
両親は、一度も来なかった。姉は、数回顔を見せた。
彼女は言った。
「徹くん、そこまでして、自分の人生を犠牲にする必要はないの。あなたの時間は一分一秒が貴重なのよ。鳴のために、わたしが最高の療養病院を探しておいたから、もう本社に戻って」
時川徹は、無言で私の手を拭っていた。
鹿野遥はさらに続けた。
「それと、来月の九日って
ご尊父様に相談してくれる?留袖の予約と髪飾りの試着もしなきゃいけないし……」
徹は、私の掛け布団をそっと整えた。
彼女の声は、だんだん弱々しくなり、時川徹の手を握りながら、涙声で訴えた。
「徹くん、あなたが鳴を気にかけてくれてるのは、私のためよね?
家族みんな、本当に感謝してるの。
でも、人にはそれぞれの運命があるでしょ?
これが、鳴の運命なんだと思うの……」
最後には、彼女は目頭を押さえ、哀しげに涙を拭った。
――そのとき。
ついに、時川徹が顔を上げた。
「鹿野遥」
彼は冷静に口を開いた。
「……君、前に言ってたよな。《《うちの両親は昔から鳴ちゃんばかりを可愛がって、
自分には冷たかった》》って。
「鳴ちゃんが君からいろいろ奪っても、それでも
「じゃあ、どうして――喧嘩して家を追い出され、あちこちさまよってたのは鳴なんだ?」
「どうして、鳴がこんなに長く病に伏してるのに、君の両親は一度も見舞いに来ないんだ?」
「どうして、鳴ちゃんが生死の境にいる今、君は笑顔でカメラの前に立ってるんだ?」
「……鹿野遥。正直、もう君のことがよく分からないよ」
――私は、夢のなかで静かに笑った。
時川徹は、本当に賢い。
昔、私を信じてくれなかったとしても、時間が経てば、いずれ真実は見えてくる。
彼は、やっと見抜いたのだ。
でも――
姉が戸惑い、言葉に詰まり、視線を逸らす姿を見ても。私は、何の救われた気持ちもなかった。
必要だったとき、彼は私を信じなかった。
今さら庇ってくれたって、もう遅い。
私はもう、何もいらない。