目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

11

時川徹は、毎日私のベッドのそばにいた。

自ら私の顔を拭き、長い時間、語りかけてくれた。

私が目を覚ますようにと。でも――

両親は、一度も来なかった。姉は、数回顔を見せた。

彼女は言った。

「徹くん、そこまでして、自分の人生を犠牲にする必要はないの。あなたの時間は一分一秒が貴重なのよ。鳴のために、わたしが最高の療養病院を探しておいたから、もう本社に戻って」

時川徹は、無言で私の手を拭っていた。

鹿野遥はさらに続けた。

「それと、来月の九日ってなんだけど、その日って結納の日取りにどうかなって、

ご尊父様に相談してくれる?留袖の予約と髪飾りの試着もしなきゃいけないし……」

徹は、私の掛け布団をそっと整えた。

彼女の声は、だんだん弱々しくなり、時川徹の手を握りながら、涙声で訴えた。

「徹くん、あなたが鳴を気にかけてくれてるのは、私のためよね?

家族みんな、本当に感謝してるの。

でも、人にはそれぞれの運命があるでしょ?

これが、鳴の運命なんだと思うの……」

最後には、彼女は目頭を押さえ、哀しげに涙を拭った。

――そのとき。

ついに、時川徹が顔を上げた。

「鹿野遥」

彼は冷静に口を開いた。

「……君、前に言ってたよな。《《うちの両親は昔から鳴ちゃんばかりを可愛がって、

自分には冷たかった》》って。って」

「鳴ちゃんが君からいろいろ奪っても、それでもだって、そう言ってたよな?」

「じゃあ、どうして――喧嘩して家を追い出され、あちこちさまよってたのは鳴なんだ?」

「どうして、鳴がこんなに長く病に伏してるのに、君の両親は一度も見舞いに来ないんだ?」

「どうして、鳴ちゃんが生死の境にいる今、君は笑顔でカメラの前に立ってるんだ?」

「……鹿野遥。正直、もう君のことがよく分からないよ」

――私は、夢のなかで静かに笑った。

時川徹は、本当に賢い。

昔、私を信じてくれなかったとしても、時間が経てば、いずれ真実は見えてくる。

彼は、やっと見抜いたのだ。

でも――

姉が戸惑い、言葉に詰まり、視線を逸らす姿を見ても。私は、何の救われた気持ちもなかった。

必要だったとき、彼は私を信じなかった。

今さら庇ってくれたって、もう遅い。

私はもう、何もいらない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?